棱山泊 -87ページ目

カノコユリ

我が家の庭にオニユリに続いて咲きました。カノコユリは、佐世保市の花です。鹿の子模様でそういう名前が付いています。

 


 カノコユリは、玄関の前の通路、外向きに咲いていました。ご覧の通りに背景がちょっと頂けません。なるべく背景をぼかして、ピントが合うようにと何度も撮り直し。14枚の中から選んだ写真です。さらに画像編集でもっとぼかしてみたのですが、なんとも人工的な写真になってしまったのでこれもボツ。結構苦労しました。
 今の所、オニユリとカノコユリが一輪ずつ。ユリの茎がまだまだ伸びてきているので、楽しみです。どんなユリが咲くでしょうか!
(この日にFacebookに載せた記事の複製です)

オニユリ

我が家の庭に咲いた華。ユリの種類を知らなかったので、いろいろと調べました。名称から醜い花だと思っていたのですが、名前に反して綺麗でした。

 


 当家の庭は、そんなに広くも無いのですが。菊の大家、多数の受賞歴がある岳父が手入れを止めて久しい庭です。既に多数のきれいな花を楽しんでいますが、これからも紹介していきます。
 広くは無い?今は物干しにしか使っていませんが、20畳程度のビニールハウスが一つ。敷地の外に"やま"と呼んでいる農園は、既にヤブになっています。広いと言えば広いのですが(笑)
(この日にFacebookに載せた記事の複製です)

扇風機を分解してみました

佐世保に帰郷してから購入した扇風機。どちらかというと、パソコンの発熱を拡散する用途で利用した小型の扇風機でした。購入時期は覚えていませんが、帰郷してから3年目となったばかり。3年も使えなかった様です。

 

 スイッチを入れても回転しない状態で3ヶ月程放置していました。CRC5-56で回転を始めたので使い始めたのですが。数日でまた回転しなくなりました。今度は、モーターの軸が固くなったので、重症でした。やっぱり、グリースで無いと駄目だった様子。

 元々の目的は、原因究明。結果として、モーターのローターから軸が長く延びた方のベアリングの破損でした。ベアリングの中までは解体していませんが、その部分のみで回転が固くなっていました。

 原因が分かった辺りで、また廃棄物担当の癖が出てきました。完全に燃えるゴミと燃えないごみの分別。首振りと上下の回転ノッチ部分にベアリング玉3個が使われていました。ちょっとグリースが・・・(笑) ここまで分解すると気持ちが良い。60年前の子供心かな

ガラ携を分解しました

米寿を過ぎた母の携帯電話くらくホンF07A。液晶が消えたので、買い替えたのですが。データ削除が出来なくなりました。仕方がないので、分解してLSI破壊にチャレンジ。液晶が消えた原因のリボンケーブルが見えています。2枚めの写真でその破断面が見えています。さてさて、どのLSIが重要かな?

 

 私がコンピュータを設計していた頃は、割と簡単に破壊できていました。久し振りにポンチとハンマーで叩いてみたのですが。なんと、ビクともしない。結果的に、大きなバイスプライヤーウォーターポンププライヤーで捻ってみました。流石にテコの原理。とりあえず、割りが入ったので良しとしました。

 佐世保市は、分別回収はそんなに進んでいないのですが。ここまで分解したら、プラスチック、金属、電子部品類に分類。特殊ネジは、私のネジ保管箱に収まりました。電子部品類を小型家電に出すのは、佐世保では容易では無いのですが。その他の電子廃棄物と一緒に保管して、その内に廃棄します。あっ、リサイクルします、正しい!

実物はそんなに鮮やかでは無い藤山神社

今年も藤山神社 に行ってきました。


 昨年の4月と変わらないのですが、今年は、藤の花のアップの掲載します。

 巷では、次のツイートが話題となっているらしい。実物を知らないと凄いと思うのでしょうね。画像処理の腕が凄いだけということは、見て分かるでしょう。
鮮やかな藤棚

新しくできた九十九島観光公園

九十九島観光公園。西海国立公園九十九島の新しい観光地が試験的に公開されました。多分、九十九島の全体が一番眺める事ができる公園だと思います。(2021年4月5日のFaceBook記事を再現)


 モニュメントがあるとよく分からないので、モニュメント無しと合わせて報告致します。


 現実は、何もない広大な丘です。噂では、森きらら(九十九島動植物園)が移転ということも聞いています。まだ、そういう敷地は準備されている様に見えませんでした。

浦頭国際ターミナル付近

浦頭引揚所「引揚第一歩の地」の記念碑の反対側は、浦頭国際ターミナルが広大な港として完成していました。


 毎年、大型クルーザー船を迎える佐世保の港ですが、昨年からさらに拡充する為に建設された模様。昨年の8月に完成したのですが、断念ながらコロナ禍の為に、供用されていません

 引揚所から佐世保市街地の方向に海岸を進むと、大崎公園の案内がありましたので、登ってみました。面白い展望台があったのですが、その意味は、登って分かりました。


 西彼半島から佐世保港の入り口、弓張岳、烏帽子岳までを一望に出来た展望台でした。所が、木々が生い茂って、展望は半分。良い景色のハズなのですが、忘れ去られた展望台ですね。
 私のサイトで残念な展望として紹介しました。
大崎公園からの大パノラマ (残念な展望)


 中央部に佐世保港に入る海峡が見えています。佐世保港の入り口とも言えるのですが、あの広大な大村湾の入り口にもなります。ここから、左手の西海橋を通って大村湾に入ります。

 今は、2025年8月1日。『浦頭引揚記念資料館』の記事で釜墓地の関連で、4年前の1月の「引揚第一歩の地」の記事をFacebookから引用しました。
 その『浦頭引揚記念資料館』の記事で続きの部分として、一緒に掲載します。同様に、少々手荒ですなお、浦頭国際ターミナルは、供用を開始しています。

浦頭引揚記念資料館

第二次世界大戦。日本が推し進めた侵略戦争の結末。終戦5年後頃に戦地からの引揚者を迎い入れた浦頭の港。佐世保から長崎に行く途中、佐世保市針尾北町の外海側にある港です。


 港に「引揚第一歩の地」の記念碑が立っていました。


 丘の上の資料館が、その上には、浦頭引揚記念平和の像


 港から資料館に登り上がったところに、「かえり船」田畑義夫歌唱碑があります。


 また、港一体が引揚者の検疫所。多くの方が亡くなったそうです。火葬場が有った場所の近くに、供養塔が立っていました。

 引揚所は、全国で18か所あったそうな。博多が一番多く、1,392,429人。浦頭は、次いで1,391,646人と記録されていました。3番目の舞鶴約66万人を見ると、如何に多数を受入れたか。その大変さが滲みます。資料館で詳しく説明されています。資料館は、車が停まっていたので写真は載せません。普通の平屋です。周囲の観光に続く・・・

 今は、2025年8月1日。この記事で亡くなった方々が埋葬された釜墓地にたどり着いたのですが。4年前の1月に釜墓地の元となる「引揚第一歩の地」の記事をFacebookに掲載していました。
 釜墓地の記事を載せるにあたり、当時の記事もAmebaブログの載せたいと。少々手荒ですが、Facebookの記事をほぼそのまま引用して掲載します。
 

自宅の近くにもポットホールが有った

先週、吉井町のポットホール公園を紹介したのですが。自宅のすぐ近くにもありました。


 佐世保市桜木町のポットホール。思わぬところに隠れたポットホールを発見。佐世保川松浦線の線路を過ぎたところです。
 調べると、長崎県小値賀町にある斑島玉石甌穴は、日本国内1位だそうです。でも、こんなに身近に有ることは、佐世保も捨てたものではありませんね。

 静止画だとせせらぎが聞こえないので、YouTubeにも掲載しました。短い動画です。

 

 

 

 この記事は、2020年にFacebookに掲載していました。Facebookの説明は簡単過ぎたので、説明を増やしました。当時の日付で、転載します。
 自宅は、当時に住んでいたアパートを指していて、今は少し離れたところに住んでいます。
 

吉井町のポットホール公園

佐世保市吉井町の吉井中学校の近くにポットホール公園があります。


 川底の岩々が水流などで抉られて出来た穴の事をポットホールといいます。日本語で甌穴というらしいのですが。佐世保市の観光スポットの一つです。
 世知原町から流れる佐々川が吉井町の町中に近づいた所で、約500mの範囲で広がっています。


 ご覧の通りに単にポットホールではなく、岩肌や溜まった水が綺麗な風景を醸しています。


 公園の案内看板の通りに幾つかの見どころがあります。


 ポットホール公園の奥側は、実際に川が流れているのですが。対岸が千枚屏風岩になっています。これも見ものの一つです。

 この記事は、2020年にFacebookに掲載していました。Facebookの説明は簡単過ぎたので、説明を増やしました。当時の日付で、転載します。