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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

母が遊びに来たので、相方さんも含めて三人で散策することに。

目的地は、なんとなく桃山のあたりに決定。


京阪電車を伏見桃山駅でおり、なんとなく東へと歩き始めた。

天気はあいにくの曇りだったが、暑すぎず、歩きやすい。


調子よく進んでいくと、聖公会の桃山教会が目に入った。

和風のような洋風のような建築に目が奪われる。


桃山教会


桃山教会の東隣には御香宮神社がある。

神功皇后をお祭りされていて、安産・子育ての祈願に

訪れることが多いとのこと。


やや唐風な社殿もよいが、なぜか社務所の中にある

「小堀遠州ゆかりの石庭」が気に入った。


神社の庭


しーんとした雰囲気の縁側から庭を眺めていると、

風の音が時計よりも進みの遅い時を刻む。

親子三人で、しばらく無言のまま、境内の音に聴き入った。


御香宮神社を後にして、次は、桃山御陵に向かった。

うっそうとした森に包まれた明治天皇の陵は、以前、

文化人類学の本でみた朝鮮半島の墳墓の形を連想させた。


御陵からの見晴らしは最高。東京で亡くなった明治天皇は

やはり生誕の地である京都に戻ってきたかったのだろうか。

ただし、御陵から見える景色は伏見の南側であり、若き頃の

明治天皇が過ごしたはずの京都中心部は見えないのだが。

桃山御陵

御陵を下ると乃木神社があり、日露戦争時の第三軍司令部の

建物が移築保存されている。色々な思いが胸をよぎった。


乃木神社をあとにして、西向かう。昔ながらの街並みを

楽しみながら、黄桜のお店に到着。オリジナルビールを

味比べしながら、腹ごしらえ。


黄桜

エネルギー充填がおわった後は、すこし足をのばして、

寺田屋、長建寺、月桂冠夢百衆と、古い建築を順番にめぐった。


夢百衆の中のカフェで、ケーキセットを頂いて本日はお開き。

家族で訪れるにはちょうど良い場所だった。

なにやらどこぞの議員さんの失言をめぐって、ニュースは騒がしい。

当該議員さんの事務所には生卵が投げつけられたとか。


生卵、もったいない・・・。ま、それはいいとして。


大学からの帰り道をテクテク歩いていると、ため池にたたずむ何ものかの影を発見。

孤高

よくみてみると・・・


孤高2


亀さんだった。


ため池を通り過ぎる間、この亀さんは微動だにせず、静かに一点を見つめていた(ように見えた)。

かっこよい。すがすがしい。次第に僕は、この亀さんに畏敬の念を抱きはじめた。


本当に大切な事柄に真摯に臨むとき、生命には気高さが宿るのではないか。

一連の失言騒動とは大違いだなぁとしみじみ思う。


物事の本質に迫ろうとする峻厳さは、他者への穏和さと両立しうる。

厳しさゆえにぶれない視線は、その柔和さゆえに喧騒とは無縁であろう。


騒ぐべきことが騒がれず、騒ぐほどのことでもないことで騒ぎが起きている。


そんな違和感を僕は拭い去ることができずにいる。へそ曲がりなのだろうか。


【6/29追記】

からかう者、からかわれる者、まわりではやしたてる輩、おしなべて

この亀さんのレベルに届いていないような気がする。


だれかのマナーをあげつらうのは、たしかに大切なことかもしれないが

議員の本分は、マナーをちゃんとすること以外にも、もっとあるのではないか?


政治という場で自分の主張を通していくために、正攻法だけでは足りない事はよくある。

というか、泥臭く、粘り強く、訴えを説き、訴えの内容を磨いてくことも大切である。


自分の主張がすぐに受け入れられ、実現する世界なら、議会は要らない。

その意味で、政治は、本質的に苦いものである。


だから、政治の場での失言が槍玉にあげられるようになったということは、

モラルの低下ではなく、政治感覚の低下を意味しているのだ。


なぜなら、低いモラルの言動も、政治においては一つの戦略でありうるのだから。

低いモラルの言動は、その意味で、政治的ですらあるからだ。


何かを問う前に、「これは本当に真剣に考えるに値する問題か」を思量すること。


忘れずにいたい。

気が向いたので、ちょびっと相方さんと出かけてみることにした。


とりあえず、今まで試していないルートを開拓しようということで、

JRの最寄り駅から京阪バスで淀駅まで向かう。


淀駅といえば、競馬場と淀城。僕の興味はもちろん後者。

淀城跡にはあまり往時の姿をしのばせる遺構は残っていないのだが、

石垣の下のでっぱりで休んでいる亀さんたちを見かけて、ごあいさつ。


亀の集い

城址に残る木陰で少し休んでから、淀駅まで戻って京阪に乗車。

中書島経由で、一路、三室戸寺へ向かった。


三室戸寺


京阪の三室戸駅から三室戸寺までは、ゆっくり歩いて15分弱。
ちょうどあじさいの季節ということで、思った以上にたくさんの人が来ていた。

家族づれが多く、本堂前は子供たちの声でにぎやか。


あじさい

お庭には見頃のあじさいがたくさん。花の涼しい色が気持ち良い。

こちらのお庭には、やや年齢層の高いご夫婦が多い印象。


相方さんと「もう我々は、老夫婦の域に達したね」という点において潔く合意。

あじさいよりも、かたつむりに目を奪われていた頃の時間感覚は、

もう、僕らの中から消え去りつつある。


三室戸駅に戻る途中で、腹ごしらえ。日差しも強くなってきたので、

今年初のかき氷に挑戦。お味はもちろん宇治金時である。でかっ!


かき氷

腹ごしらえがすんで、そのまま宇治川の川辺を目指して散歩を再開。

川の流れをさかのぼっていくと、興聖寺という静かな禅寺があった。

比叡山を降りた道元が最初に開いたお寺だそうで、平等院にくらべると

人影は少ないものの、個人的にはとても気に入った。


興聖寺


緑をくぐりぬけた先にある伽藍には、今も雲水さんが修行されている為か、

心地よい緊張感が漂っていた。


毛虫

本堂では毛虫さんも静かに修行中。


ゆっくりと拝観をすませると、もう17時近く。川辺を今度は流れに沿って下る。

橋の下でサックスの練習をしている人がいて、ジャズのメロディーが

宇治川に響いていた。新鮮な古さとでもいうのだろうか。


ゆっくり歩いてJR宇治駅についてみると、素敵なポストが出迎えてくれた。


郵便ポスト


宇治は、結構奥深い。また訪れてみたい場所である。

一つ目の質問にやっとこさ回答し、一息ついていた僕であったが、

父から矢継ぎ早に次の質問が飛んできた。


今回は山上の垂訓の一節、「こころの貧しい人たちは、さいわいである」

について。ポイントは次の二点。


(1)「貧しき」という言葉が、経済的なニュアンスが強すぎておかしくないか?

(2)「心が貧しい」とはどういう状態か?謙虚ということか?


なかなか、直球な質問である。以下、僕の回答。


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その箇所のギリシャ語原文は「マカリオイ オイ プトウコイ トウ プネウマティ」です。

マカリオイは祝福されている、恵まれているの意。
オイは冠詞。プトウコイは貧しい者たち、貧乏人たちの意。
トウは冠詞。プネウマティは霊に於いて、霊の中での意。

語順通りに直訳すると、「祝福されている!貧しい者たちは霊に於いて」となります。

僕の私淑する滝沢克己先生が『聖書を読む -マタイ福音講解』(創言社)において、

素晴らしい解釈をされていますので、僕なりに滝沢先生の解釈を咀嚼してお伝えします。


滝沢先生が注目するのは、「幸いなるかな」が一番先にきている点です。

貧しい者が貧しいゆえに祝福されるのではなく、まず祝福が来ている。

その祝福は霊に於いて我々(貧しい者)に顕らかとなるという解釈です。


もうすこし僕なりに言いなおしてみれば、自分を空しくできるから祝福されるのではなく、

はじめに祝福があるからこそ、人は自らが空しくあることを理解するのだ、というのが

滝沢先生の解釈ではないかと僕は思っています。

つまり、「貧しさ」は人が自力で実現するものではなく、初めから実現されている前提の

ことなのです。


その意味で、この一節は、祝福されるための条件を明示しているのでは全くなく、

神からの祝福がはじめに来ているという現実をありのままに表現している文章とも

捉える事ができるかもしれません。


ちなみに、京都学派の哲学者が高く評価した中世の神学者エックハルトの場合は、

「何も意志せず、何も知らず、何も持たない人、そのような人こそが貧しき人である」と

その説教集の中で語っています。『エックハルト説教集』(岩波文庫pp.162-174)


このエックハルトの解釈には、誤解を生む余地が残っていると僕は思います。

僕としては、エックハルトの意見に次のように付け加えたいと思います。


「何かを意志し、何かを知り、何かを持つ人もまた、霊に於いては貧しき人である」と。


参考までに、いくつか日本語訳聖書の訳文を掲げておきます。


「幸福なるかな、心の貧しき者」(文語訳)

「さいわいなのは霊に貧しい人々」(前田護郎訳)

「ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち』」(塚本虎二訳)

「心の貧しい人々は、幸いである」(新共同訳)


前田先生の訳が、一番の直訳ながら、僕としては一番しっくりくる訳文です。

父から新約聖書のマタイ伝章24-25節について問い合わせがあった。う~ん。質問されてからあたらめて読んでみると、聖書はやはり面白い。実習の合間をぬって、返答を練ったので、記録として残しておく。

該当箇所は、僕の愛用する口語訳ではこんな感じ。

(24節) それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしたちについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。(25節)自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失うものは、それを見出すであろう。

父からの質問は次の二点。
(1)「ついてきたい」や「救おう」という言葉には、人間の意志に判断が委ねられているというニュアンスがあるのか?
(2)なぜ単に「十字架」ではなく、「自分の十字架」という風に、「自分の」という限定がついているのか?

以下、僕からの回答。

「~たい」と言う部分は、24節と25節共に、「セロウ(望む、欲するの意)」という動詞が使われています。ギリシャ語原文から僕の貧弱な語学力でもって直訳するとこんな感じになります。

(24節)そして、イエスは彼の弟子たちに言った。「もし誰かが私の後に来ることを望むならば、その人にその人自身を否認させ、その人の十字架を担わせ、私の後に来させよう。(25節)というのも、もし自分の魂を救いたいと望むならその者は魂を失うだろうからだ。一方、私のために魂を失わんと祈願する者は魂を見出すだろう。」

■僕なりの解釈
(1)「~たい」
父さんの言うように、イエスの後に続くかどうかが、人間の自由意思にゆだねられているという解釈もできると思 います。ただ、そう解釈すると、イエスの後に続くという道が選択可能ないくつかの道のうちの一つに過ぎないと考える余地が出てきます。真実を認識する者にとって、イエスの後を行く道は、真実に即した必然の道であり、その意味では唯一無二の道であるはずです。イエスの後に来ることを望まないという者は、別の道をとるわけですが、その人には真実が認識できていないことになります。人が選ぶという自力(偶然)が、神が選ぶ他力(必然)と重なるところが真実の在処です。
僕としては、「その人自身を否認させ」というときの「否認」は、「イエスの後に続くことを望む(セロウ)こと」も含まれていると解釈したいところです。つまり、「望むこと」は否定され、むしろ「祈願すること」が 肯定されているととりたいです。「失わんと祈願する」と訳した部分は、多分「滅ぼす、失う(アポルーミ)」と言う動詞の接続法の形が使われています。接続法とは、「~であればよいだが」という非現実的なことを願う際の用法です。

(2)「自分の十字架」
父さんが着目されたように、十字架は一般的なものではなく、個人的なものだと僕も思います。十字架というのは、もちろん木でできたものではありますが、その人自身の十字架とは「自己という枠組」のことだと滝澤克己先生流に解釈することもできます。人は自分という枠をいかにしても出ていくことはできない、自力では自己という枠組を内側から見定めることしかできない。しかし、自力が尽き果てるところで、その枠が絶 対的に与えられているという他力への認識が生まれてくる。自己という枠組を外側から規定する神を認識するわけです。十字架は徹底的に個的なものである、人それぞれの担う十字架は異なっている、しかし担うものが十字架であるという点は全ての人に共通になりたっている。そのような解釈に僕は魅力を感じますが、やや仏教的な方向に偏った解釈になってしまっているかもしれません。

■僕なりに解釈を補った意訳
(24節)そしてイエスは彼の弟子たちに言った。「もし誰かが私の後に来ることを望むならば、その者に対してはその望みを否定させ、その人の意志の力によってではなく、神が与えた十字架という自己をその人に受け取らせることによって、私の後に来させよう。(25節) というのも、自分の魂を救いたいと望む者は魂を失うだろうからだ。だが、望むのではなく、むしろ自分の意志を捨てて、自分の魂を滅することができるだろうかと神に祈る者こそが魂を見出すだろう。」

ちなみに、口語訳では「生命」と訳されている原語は「心」とも訳されるプシュケー。哲学方面での慣例に従って、「魂」と訳してみた。聖書ではたまにプシュケーを「肉」の意味で使っている場合もある(第一コリント15:44の「肉のからだ」は「ソーマ・プシュキコン」)。プシュケーの意味をくっきりと捉えられたなら、聖書からみえてくる風景はだいぶちがってくるはずだ。プシュケーとプネウマ(「霊」、「息」)を区別して理解さえできれば、聖書は半分以上読めたも同然だと、僕は勝手に考えているのだが、果たして。