2017年の個人的な読書は意外にいろいろと読めたのだが、なかなか感想をまとめる時間がない。内閣府調査で「戦争に巻き込まれる可能性がある・どちらかといえばある」と85%の人が回答したというニュースを1週間ぐらい前にみてびっくりしたので、歴史に関係した本だけちょこっと感想を書いておくことにする。
日々の臨床では「リスクを高めに評価すること」が、場合によって新たなリスクになると感じる。急性期医療では恐ろしい疾患から除外していくのが常道である。しかし、日常外来診療あるいは精神科医療では、しばしば医師の役割は危険を見逃さないことよりも、安心を担保することに存する。そして、一番難しくて迷うのは、検査をせずに、問診と身体所見だけで大丈夫と判断することである。
医療と政治を一緒くたにする暴論は承知しているが、今の政治家やマスコミが危険性だけを強調するほうに傾きつつあるように思うのは、僕だけだろうか。政治家が戦争についていっていることは、「何十年後かに癌や認知症になっている確率が高いです」という類の言説とあまりにも似ている。もちろん、癌になる人、認知症になる人はたくさんおられるが、社会全体からみたら少数派なのである。
■歴史
〇加藤陽子『とめられなかった戦争』文春文庫、2017年
NHKの「さかのぼり日本史」テキストを文庫化したもの。総力戦の時代を「戦争の始めやすさと終わりにくさのギャップが非常に大きくなっている時代」(p.18)と指摘し、日露戦争ごっこに興じる裕仁親王の様子(p.84)から日米開戦を担った面々が幼少期に戦争をエンターテイメントとして享受していた世代に属すると指摘する。支那事変を弱い者いじめではないかと疑っていた思想家竹内好が、日米開戦を日本が「いじめられる側」として立ち上がったことととらえ、「爽やかな気持ち」になったと記している事実の指摘(p.93)が印象深かった。竹内好のような時代を代表する知性であっても、国同士の戦争を、人同士の喧嘩とアナロジカルに捉えているのが印象的である。竹内ほどの人ですら、国によっては喧嘩の美学が異なっているかもしれないこと、あるいはそもそもっ喧嘩の美学などないかもしれないことについては思い至らなかった。優れた人格はしばしば愚かさに対して脆弱である。
〇若槻禮次郎『明治・大正・昭和政界秘史-古風庵回顧録』講談社学術文庫、1983年
大蔵省の官僚から政治家に転身し、内閣総理大臣を二度務めた若槻氏の自伝。済生会設立に奔走した話とか、原敬内閣時に成立した陪審法に反対した話とか、難航したロンドン軍縮会議でなんとか条約締結にこぎつけた時の苦労話など、興味深い話題が多かった。叙述もカラッとしたさわやかな文体であり、読みやすい。錯綜した明治以降の政治史の良い復習になった。
〇安丸良夫『神々の明治維新』岩波新書、1979年
明治新政府の政策が、民衆にとって「耶蘇教化」と受け取られていたという指摘が興味深かった。明治天皇の断髪・洋装も民衆にはキリスト教化ととらえられていた面がある(191頁)ことは、びっくりであった。島地黙雷が外遊して、キリスト教に対抗できるほどに近代的なのは、日本では”一神教的な”浄土真宗しかないという認識に到達したという指摘(201頁)も興味深い。明治というとすぐに国家神道というイメージでとらえがちだが、国家神道化は、ある意味でキリスト教の浸透へのアンチテーゼとして推進されたという面があるなと感じさせられた。キリスト教神学では、いまだに日本にキリスト教は土着したのかというのが大きなテーマとなっているが、宗教としてはどうかわからないが、理論としてはかなりの程度、民衆に浸透しつつあったのかもしれない。また調べてみたいテーマではある。
〇E.H.カー『歴史とは何か』岩波新書、1962年
歴史家による歴史哲学の講演をまとめたものなので、とても読みやすい。歴史という言語記述がどのようになりたつのかという問いが非常に知性的に分析されている。個人的には、歴史哲学としてびっくりするような主張はなかったのだが、カー氏の西洋知識人としての気概が強く印象に残った。カー氏はロシア革命史で高名だが、ほぼ同時代の激動を歴史として記述することは至難の業である。それは、我々が現代の国内ニュース一つをとっても「歴史の動き」として捉えられず、いつのまにかあまたの出来事が忘れられていくことの困難さを思えば明らかだろう。歴史家といっても、太古の時代を探求する歴史家と、現代史に挑む歴史家では、なにか決定的に違うところがあるのではなかろうか。
〇ヴォルテール著、林達夫訳『哲学書簡』岩波文庫、1951年
イギリスに亡命していたヴォルテールがフランスの友人にあてた書簡。一国家一宗教という原則をかたくなに守るフランス(カトリック)に対し、イギリスがその連合王国という性質上、複数の宗教を許容する宗教多元主義の国家であったという点が冒頭から強調される。パスカルの宗教論をバッサバッサと批判する後半も切れ味が鋭く楽しんで読める。ヴォルテールは信仰をとてもシンプルに考えており、「パスカルの賭け」などはかえって不要と断じる。信じる理由を必要とする信仰はおかしいということを、ヴォルテールは直観的に言ってるとおもわれるが、その直観は僕には健全とうつる。
以下、感想を書いている時間がないので、2017年に読んだ本をだーっと書いておく。医学の本では神田橋先生、中井先生、青木先生、村上先生、霜山先生の本が圧倒的に印象深かった。また読み直したい。
2017年はわりと本を読む時間が取れたのだが、多く読みすぎると、感想をまとめるのが億劫になってしまう。また時間をみつけて、一つ一つの本について感想を書いていけたらいいのだが・・・。
■医学・自然科学
神田橋條治『追補 精神科診断面接のコツ』岩崎学術出版社、1994年
神田橋條治『精神療法面接のコツ』岩崎学術出版社、1990年
中井久夫『最終講義 分裂病私見』みすず書房、1998年
中井久夫『徴候・記憶・外傷』みずす書房、2004年
青木省三『こころの病を診るということ』医学書院、2017年
青木省三、村上伸治『大人の発達障害を診るということ』医学書院、2015年
村上伸治『現場から考える精神療法』日本評論社、2017年
三木成夫『胎児の記憶 人類の生命記憶』中公新書、1983年
成田善弘『心身症』講談社現代新書、1993年
下條信輔『サブリミナル・インパクト 情動と潜在認知の現代』ちくま新書、2008年
霜山徳爾『共に生き、ともに苦しむ 私の「夜と霧」』河出書房新社、2005年
松下正明・田辺敬貴『ピック病 二人のアウグスト』医学書院、2008年
池田健『臨床家のための精神医学ガイドブック』金剛出版、2014年
彦坂興秀『眼と精神』医学書院、2003年
河合隼雄・成田善弘『境界例』日本評論社、1998年
林宗義『分裂病は治るか』弘文堂、1982年
計見一雄『統合失調症あるいは精神分裂病』講談社学術文庫、2017年
中村桂子『生命誌の世界』NHKライブラリー、2000年
■思想・哲学・神学
滝沢克己『滝沢克己講演集』創言社、1994年
小川修『パウロ書簡講義録9 前期論文集』、2015年
小川修『パウロ書簡講義録6 コリント後書講義』、2017年
吉野源三郎『職業としての編集者』岩波新書、1989年
野田又夫『ルネサンスの思想家たち』岩波新書、1963年
山本七平『日本的革命の哲学 日本人を動かす原理』PHP研究所、1982年
河合隼雄『明恵 夢を生きる』講談社+α文庫、1995年
長田弘『読書のデモクラシー』岩波書店、1992年
松岡正剛『日本流』ちくま学芸文庫、2009年
鹿野政直『日本の現代』岩波ジュニア新書、2000年
色川大吉『近代日本の戦争』岩波ジュニア新書、1998年
北森嘉蔵『愁いなき神 聖書と文学』講談社学術文庫、1991年