『色即ぜねれいしょん』 -人が人を信じることとは?- | Nothingness of Sealed Fibs

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見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

名作『アイデン&ティティ』に続く、みうらじゅん原作、田口トモロウ監督コンビの快作。


法然がアツい仏教系私立の男子高に通う主人公のちょっとエロい青春妄想物語。

おもろい。エロいけど、ぜひ女性にも見てほしい一本。


『アイデン&ティティ』にもでてた峯田和伸が、主人公の訪れるユースホステルのヘルパーを演じている。

役名は「ヒゲゴジラ」。元全共闘だったという設定。


主人公は、このヒゲゴジラにうさんくさいレコードを売りつけられる。

主人公の友人たちから、「おまえ、ヒゲゴジラにダマされとんちゃうの?」と言われたときの主人公の一言。


「ヒゲゴジラになら、ダマされてもいいと思ったんだ。」


ちびれた。

信頼するということは、まさにそういうことではないか。

あたりまえな事かもしれないが、そうズバリといわれると、心にズドンとくる。


相手に騙されているのではないかという疑いを持ったとき、その疑いを晴らすことは原理的に難しい。

なぜなら、「相手の本当の気持ち」を確実に知る方法が、人間にはないからだ。

人間にできるのは、あくまでも相手の気持ちの「類推」にすぎない。

だからこそ、だれにもバレることのない嘘は、もはや本当と区別がつかないのだ。


じゃあ、相手を信じるってことは、どういうことなのか。

この映画が出している答えは、「その人にならダマされてもいいと自分が思えること」。

確実に分かるのは、「相手の本当の気持ち」ではなくて、

「その人にならダマされてもいいと思えたという自分の気持ち」だ、という訳である。


ってことは、つまり、相手を信じるということは、自分を信じるということだったのだ。

全ては自分に回帰する。自分からしか何かは始まらない。これぞROCK!!


個人的には、峯田さん演じるヒゲゴジラが、主人公たちを見送る波止場でみせた、

ほとばしる「じゃあな!」のシーンこそ、この映画のハイライトだと思われた。

最後の「じゃあな!」は声だけになり、もう画面の中にヒゲゴジラの姿は映らない。

「おそらくもう二度と会わないだろうけど、深く心に印象を刻みつけていった人」とは、

ああやって別れるものだと思う。 抜群のシーンだった。