祖母が、3泊4日の京都旅行を終えて、今朝、某南方の島に帰って行きました。
あさ、八時半、四条烏丸のホテル前までチャリを飛ばして、お見送り。
すっかりもう冬ですな。手がかじかむ。脱ポテトチップのおかげで浮くお金で手袋を買うべきだ。うん。
昨日は、祖母が申し込んでいるツアーの御一行が乗るバスをチャリで猛追した。
三十三間堂、東福寺、金閣寺、龍安寺あたりまではなんとかついていけたが、さすがに三千院はギブアップ!
また夕御飯を一緒に食べましょうということで、いったんお別れする。
夕方、歌の練習後に祖母のホテルまで向かい、祖母と一緒にホテル近くのお店でお茶漬けをすすった。
またまた祖母の昔話に花が咲く。こうして、だんだんと僕の中に祖母の記憶が分有されていくのだなぁ。
たしかに、元気いっぱいの祖母だけど、親戚から遠く離れての一人暮らしは、さびしい時もあるのだろう。
ときおり、その孤独さが言葉の中に感じられて、じーんとなった。
「あと、20年は生きるわよ。」
笑顔でそう言う祖母の姿にどれだけ、勇気が湧いてきたことか。
16歳のときに、空襲で父と姉をなくし、満州から乳飲み子を抱えて引き揚げ、3人の子供を育てた祖母。
彦根にある先祖のお墓に、これでもかという山盛りのお菓子とお酒をお供えして、手を合わせる祖母。
あなたの強い姿勢のおかげで、生きるのも悪くはないと思える人は絶対にいます。
僕もその一人だ。
数えてみたら、まだ生まれてから10回しか会ったことのなかった祖母。
僕と会った時の日付を手帳に全部メモしていた祖母。
これから、もっともっとあなたの話を聞かせてほしいです。
遺伝子だけではなくて、あなたの記憶を、僕も共有したいのです。
祖母を見送った後に、僕は、寒さをしのごうと、ふと目についたスター・バックスに入った。
ショートサイズ・モカの湯気でメガネが白くなったとたん、不覚にも少し涙を流してしまっていた。
来年の今頃までに必ず会いに行きますので、絶対に、それまでお元気でいて下さい。