さよならポテトチップス | Nothingness of Sealed Fibs

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

もし、明日死んでしまったら、僕の人生は「ジャンク・ライフ」とでも名付けられることになるだろう。

食事の基本は、ラーメン、コーラ、ポテトチップス、ときどきあわせて野菜を少々という感じ。


基本的にあまり運動しないので、一日一食で全く問題ない。

つまり、一週間で7食たべることになるのだが、そのうち、ラーメンはだいたい3杯をしめる。

コーラは、500mlペットボトルを一日2本程度、多い時は3本いくこともある。

水のかわりに、コーラを飲む。そんなかんじ。


ポテトチップス依存度も、かなり深刻である。

社会人になってから、家でポリポリするのが癖になり、大学院にはいってからも、最低一日一袋は食べている。

おすすめは、「コイケヤ」。この会社の商品開発力はすさまじい。あたまが下がります。

「ポリンキー」や「OH! CHIPS」、「ドンタコス」といった名作ももちろんだが、すこし高価な「和(なごみ)ポテト」という

シリーズの味は相当研究されているのではないかと思う。

もう店頭では手に入らないが、去年発売された「ドンタコス」のリッチバター味、「和ポテト」のほたてしょうゆ味は、

僕のジャンク・ライフのなかでも、最高の味であったと断言できる。

なんせ、やつらを初めて食べたときは、あまりのうまさに、食べながら「しみじみ」してしまったのだ。

あ~もういっかい食べてみたいなぁ。切に願う再発売。


しかし!である。

それほどポテトチップス・フリークである僕が、ついに、「さよならポテトチップス」を宣言することになった。

そのきっかけとなった出来事について、ちょと書いてみよう。


昨日、某南方の島在住の祖母が、京都紅葉観賞ツアーで来京した。

ツアーの途中で脱走してきた祖母と合流した僕は、一緒に彦根にあるご先祖のお墓参りに向かった。

祖母とは3年ぶりの再会だ。京都⇔彦根、京都にかえってから祖母の宿泊先でも、ずっと話っぱなし。

僕もけっこうおしゃべりだが、祖母は根っからの話好き。マシンガン・トークが続く。


戦中戦後の怒涛の時代を駆け抜けてきた祖母は、そんな苦労など全然感じさせないほど明るい。

しかも、まったく説教臭くない。おしつけがましくない。そこがすごいところである。

今回も、いろんな話が聞けて印象深かったのだが、なんといっても、次の言葉に心を打たれた。


「”もうできない”っていうのは、死ぬときに使う言葉だよ。生きてる間に使ってはいけないよ。」

「wunderlichくん、君はやれるところまでやりなさい。そして、素敵に生きて頂戴。」


弓道の先生をしている祖母は、齢80をすぎてその身体の凛とした佇まいは、まだまだ健在である。

自分の行いを、たち振る舞いを厳しく律するその心の強さには、本当に敬服する。


そこで、ふと「振り返るわが身」である。

本当に必要なものってなんだろうか。

うんうん、考え込むことなく、僕は一つの結論に達した。「ポテトチップスはもういらんやろ。」

今朝、早速コンビニでコーラを買いに行った僕は、いつもなら一緒に買うポテトチップスには目もくれず、

まずは、昨日の結論を実践にうつしたのだった。うん、なかなかいい感じ。


とはいえ、コーラと一緒に「カレーまん」を買ってしまったのだが。

とはいえ、今回の決心はどうやら本気である。そんな気配がそこはかとなく漂っている。