1ヶ月ほど前から右足の付け根(お尻の真下、ハムストリングの上の方)の鈍痛が続いている。ストレッチをしてもまったく痛みがとれない。速い動きをすれば肉離れを起こしそうな、いやな予感がする、そんな痛み。痛みというより、違和感、と表現したほうが正確かも。
27日に走った際も痛みがあり、かなり余裕を残して練習を終えた。
でも、きょう、ストレッチをしてみると、なんとその部分の痛みが大幅に緩和してる。いくらストレッチをしてもとれなかった痛み。走って治す、という治療もあるのかもしれない。
1ヶ月ほど前から右足の付け根(お尻の真下、ハムストリングの上の方)の鈍痛が続いている。ストレッチをしてもまったく痛みがとれない。速い動きをすれば肉離れを起こしそうな、いやな予感がする、そんな痛み。痛みというより、違和感、と表現したほうが正確かも。
27日に走った際も痛みがあり、かなり余裕を残して練習を終えた。
でも、きょう、ストレッチをしてみると、なんとその部分の痛みが大幅に緩和してる。いくらストレッチをしてもとれなかった痛み。走って治す、という治療もあるのかもしれない。
自分の影を見ながら走るとリズムがよくなる。自分の影の動きは、当然だけど、自分の体の動きとピタリと一致している。その影の動きを見ながら走ると、体の動きが影の動きに同調しているように錯覚し、次第にリズムが生まれてくるのだ。同調しているように錯覚し…というか、実際に同調しているのだけれど(なんか面倒くさい説明、笑)。
ややこしいことは抜きにして、影を見ながらだと単純に走りやすい。頭で描いているイメージ上の走りを、影が見事に実演してくれているというか。影の動きにつられて体が動く、というか。いや正確にいえば、自分の体が動いているから、影も動いているのだけれど(アカン、やっぱり説明するほどややこしい、笑)。
影が自分の動きをリードしてくれるように、本業の文章のほうでも、自分の筆さばきをリードしてくれる仕掛けはないか。書けないときほどそう願う。
* * *
ペン・シャープナーという言葉がある。直訳(?)すると、「ペン先を鋭くさせるもの」という意味。これを自分勝手に要約すると、「リズムよく原稿を書き出すため、前もって読むお気に入りの文章」のこと。
「この文章を読めば脳が不思議と研ぎ澄まされて、スルスルとペンが走り出す」――。ライターであれば誰でもひとつやふたつはそんなお気に入りの文章を持っているはず。
僕もいくつか持っている。そのなかのひとつは…なんと自分の文章だ。良し悪しは別にして、自分で書いた文章は、自分が心地よいリズムで書いている。だから自分の文章を読むとリズムが生まれ、次第に「なんか書けそう」という気になってくるのだ。
ノンフィクション作家の野村進さんは著書『調べる技術・書く技術』(講談社現代新書)で、仕事に取り掛かる前の〝集中の儀式〟のひとつとして、このペン・シャープナーを紹介されている。
原稿を書くために集中するのは、けっこうしんどい。そのとき、お気に入りの文章、つまりペン・シャープナーを何気なく読むことで脳がシャープになり、何の迷いもなく書き始めることができたりする。
このペン・シャープナー、ランニングでいう影の役割と似ているかもしれない。
影武者のごとく、だれかが勝手に文章を書いてくれたらいいけれど。そういうわけにはいかないか。
3/27の練習メニュー。
尼崎競技場にて。
前回の練習から1ヶ月がたってしまった。ジョギングすらほぼしていないので、体はなまりまくり。とりあえずアップをして、バウンディングを数本。体の軸を意識して。
その後、100mを5本、アップシューズで走ってみた。けっこうな追い風が吹いていたので、わりと走れる(?)と勘違いしてしまいそうだった。実際には1ヶ月のブランクを感じさせる走りだったけれど、人間はときには勘違いも必要。その意味では、あえて追い風になるバックストレートで走ってよかった。