イチローが9年連続200本安打を達成したとき、
イチローのお父さんがそんな四字熟語を持ち出して息子の偉業をたたえていた。
面壁九年(めんぺきくねん)とは、
中国の僧侶が9年間壁に向かってじーっと修行した故事が転じて、
ひとつのことに忍耐強く打ち込んでやり遂げることを意味するらしい。
いまにもイチローが壁に向かって座禅を組んでいるようなイメージが沸く言葉。さすが父。
イチローの偉業とはかけ離れた現実に立ち戻ってしまうけれど、
僕は今年でライター9年目になる。
今日、取材のとき、同行いただいた編集者の方にライター歴を質問されて、
「ああ9年か」と思った。
たった9年だけど、社会人になって今年で11年目、
なのでほとんどライターとして生きていることになる。
面壁九年という言葉を知る前は、10年が一区切りだと思っていた。
思っていた、というか、いまも思っているけれど、
ひとつのことを10年続けることで何かをつかめると考えやってきた。
石の上にも3年という。
でも、要領のわるい僕にとって、
3年で築いた土台は砂の城でしかない気がして、
漠然と10年とずっと思ってきた。
10年にこだわる理由のひとつは陸上かもしれない。
陸上は10年やった。10年やって、ついにトップアスリートにはなれなかったけれど、
記録や結果とは別のところで深い自信がついた。
だから10年。そうなのかもしれない。
1年くらい前、10年という感覚に信憑性をもたせてくれる話を知り合いのライターさんから聞いた。
それは吉本隆明さんが唱える「10年いっちょまえ説」。
どんな人も10年同じことを繰り返していると、いっちょまえになるという説。
妙に腑に落ちた。
だから10年。面壁九年+1年で、面壁十年、というところか。
ただ、10年というのは、ひとつのマイルストーンにすぎず、
いま目の前にあることを愚直に誠実に続けることこそが大切だと思う。
僕の父親は中学を卒業した次の日に就職し、50年間勤め上げ、昨年リタイアした。
50年という気の遠くなる歳月を目の前にして、続けることの大切さを改めて知った。
続けることの大切さ…と言葉にすると陳腐だけど、
半世紀続けるってどんなことなんだろう。
10年とか言ってる自分が鼻くそのように思える。
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さて、仕事で練習できずにいるけれど、7日と8日は夜に競技場にいった。
前に走ってから1ヶ月以上経ってしまった。
7日の練習メニュー
・アップ
・20+50の加速走・アップシューズ×3本、スパイク×2本
・150(18.0)
8日の練習メニュー
・アップ
・20+50の加速走×3本
・助走走×約7本
助走距離:37m50(歩き始め41m50、第2マーク24m)