勤続50年 | 『走る編集ライター』トレーニング日記

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2009年3月13日。


父親が、50年勤め上げた会社を65歳で定年退職した。


半世紀の重み。


「中学を卒業した次の日から休みなく働いてきた」--。


それが父の口癖だった。


昔はそれを聞くのがいやだったけれど、


社会人になり、働くことの厳しさを知るにつれて、


その言葉の重みを少しずつ感じるようになった。


そして、自分にも同じ血が流れていると思うと心強く、安心したりした。


13日の夜、電話を入れてみた。


最初、おかんが出た。


「ついにこの日が来たわ。感無量やわ」


そう言って涙ぐんでいる。


ひと昔前のバリバリの亭主関白の父を支えてきたおかん。


ようやく、ふたり、ゆっくりと過ごせる日が来たじゃない。


おとんにかわった。


照れくさいけど、「おつかれさんでした」と言った。


「大きな病気もせず、50年勤め上げたわ。ありがたいことや」


おとんはそう言った。


会社で花束をたくさんもらったと喜んでいた。


おとんは700人くらいいる社員さんの中でもっとも古い人材らしく、


社長さんよりも長く、会社のことも一番よく知っている。


番頭のような存在だったのだろう。


なので、65歳で辞めてもいい、というお許しを、


社長さんからもらうまで、だいぶ時間がかかったらしい。


一度、60歳のときに辞めると言っていたが、


そのときは僕がなんとも頼りなく、


「わしがもう少しがんばる」


と言って働き続けた。


「あとはおまえが稼げ」


昨日の電話で、バトンタッチされてしまった。


そう言われて、


まだ完全に心まで自立しきっていなかった自分に気づく。


来週は姉家族と共におとんお疲れさん会、


再来週は温泉旅行。


2週続けて、親孝行しようと思う。