8年ぶりにスパイクをはいた日 | 『走る編集ライター』トレーニング日記

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フリーランスの編集ライター、目指せ日本選手権三段跳び8位入賞!

5月15日。


陸上を引退してから8年ぶりにスパイクをはいた。


尼崎市の陸上競技場。


夜の8時から1時間だけ個人利用できたので、よし、ということで行ってきた。


競技場までは、自宅から自転車で猛スピードで約20分。


体が十分に温まるくらいだ。


ウォーミングアップ、ストレッチをすませ、まず120メートルのフロートを3本。


体は軽く、好調を感じた。


さあ、いよいよ、スパイクをはこう。


そう思うと、気持ちが高ぶってきて、わくわくしてきた。


陸上を引退してから8年。


そのあいだにいろんなことがあったけれど、また陸上を再開するなんて、


思ってもみなかったことだけれど、いまこうして、また、スパイクをはいて、


競技場を走ろうとしている自分がいる。


そんなことを思いながら、


競技場からスパイクを置いている通路に移動しているとき、


一瞬、8年という歳月が消えてしまって、現役の自分にフィードバックする。


昔、ニューシネマパラダイスという古い映画を観たことがある。


その映画のなかで、映写技師は、


一部のフィルムをはさみでカットし、


つなぎ合わせるということをおこなっていたけれども、


僕の8年間を映し出した人生のフィルムも、


誰かの手によって切られ、8年前の引退の日と、今日が、


あたかもつなぎ合わされたのではないかという錯覚。


体も好調だし、なんら8年前とかわりはない……


ふと、そんな不思議な感覚にひたりながら、


鞄からスパイクを出した。


中に砂が入っていた。


スパイクを叩いてその砂を落とし、


8年ぶりに足を通す。


僕の足にあわせて特注したスパイクは、


左右で5ミリほどサイズが違う。


それほど僕の足のサイズが不ぞろいだということだけれども、


スパイクに足を通すと、あまりにもきつく、


そしてあまりにもぴったりなので、


ああ、これは僕がはいてきたものだと、


妙に実感することができた。


体をかがめて、下を向いて、紐を結んでいると、


ふいに走馬灯のように、昔のことが感情とともに


湧き上がってきて、胸をしめつけられる。


目頭が熱くなる。


たいした選手じゃなかったのに、


それほど僕にとって陸上が大切だったんだなと、


そのとき感じた。



スパイクをはいて、競技場に出た。


ピンが競技場のゴムにひっかかるあの感覚を


またこうして感じることになるとは……


不思議だけれど幸せな感覚に浸りながら、


第4コーナーに向かった。


120メートル付近のコーナーに立ち、


ゴールを見つめ、そしてゆっくりと走り出す。


ぶちっ、ぶちっと、スパイクのピンがタータンに


ひっかかる音を聞きながら、


快調に走ることができている感覚を全身で感じながら、


やはり僕は8年前に戻っていた。


その日は結局、スパイクをはいて、120メートルを5本。


コーナーから直線にかけて伸びやかに加速する感覚を意識した。


そのあと、30メートル程度の助走を意識した練習を4本。


利用時間が1時間と短かったので、


それで練習を終え、通路に戻ってスパイクを脱いだ。


また中から砂が出てきた。


叩いて砂を落としているとき、ハッと、思い出した。


8年前、陸上の引退試合をおこなった競技場こそ、


いま僕が座っている、ここ、尼崎市の陸上競技場だったのだ。


大学4回生の秋。三段跳びに出場した国体が終わり、


もうそれで引退ということにしようと思っていたけれど、


最後に、僕が好きだった走り幅跳びに出場し、


陸上生活にピリオドを打とうと、結果抜きに、出た試合の場こそ、


尼崎の競技場だったわけだ。



いま手に持っているスパイクから出てきた砂。


それは、この競技場の砂だった。


まさか、8年後、またこうして、


同じ競技場でスパイクをはくことになろうとは……




僕の8年間のフィルムをふいに断ち切った張本人。


それは、この競技場の砂たちだったのかもしれない。