第一書『法隆寺は移築された』(3頁)
建築家の眼が照らし出した移築の真実
法隆寺の『昭和の解体修理工事報告書』、『西院資材帳』などを建築家の視点から詳細に検討し、法隆寺西院伽藍の金堂、五重塔、中門などが九州大宰府から移築されたものであると論じる。
全てはこの本から始まった。
プロの歴史家では絶対に無理だが、建築家の目を通すと、こんなにも違って見える。
建築という補助線を引くと、謎の多くが解明される。
難解な建築用語が次から次へと出てくるが、気にしないで読み進む。
何度も繰り返し読んでいるうちに、靄もやが晴れるように理解が可能となる。
分かりにくいのは、今まで学校でなされたマインド・コントロールの影響でもあるので、この第一書については特に集中する。
そうすれば第二~四書では楽に読み進むことが可能な筈だ。
第二書『建築から古代を解く』(94頁)
建物は古代をときあかす記録の宝庫である
法隆寺・観世音寺・三十三間堂に刻印された記録を読み取りながら倭国の文化と、聖徳太子の原像を描き出す。
この第二書は 実質上の『続 法隆寺は移築された』である。
数式が頻繁に登場するが、ただの加減乗除・比例計算だから 全然 難しくない。
「三十三間堂の謎」への突っ込みは圧巻である。
第三書『列島合体から倭国を論ず』(24頁)
地名や文化の伝播で列島合体を検証し倭国の博多を復元
糸魚川静岡構造線で西日本と東日本が合体したのは四千年前だ。この時、三内丸山は壊滅し、温暖な気候も終わった。この衝撃から耐震技術も発達している。
本書でも、前記マインド・コントロールが邪魔をするが、素直な心で読み進む。
「博多論」は 博多っ子 でなくともエキサイティングだ。
第四書『逆賊磐井は国父倭薈だ』(49頁)
倭国倭薈は倭の五王の後継の賢帝である
倭薈は逆賊 「磐井」として 『紀』に記録され、継体に滅ぼされた王である。天皇家により倭国から略奪され、奈良に移築された三寺を素材としてまぼろしの倭国の全体像に迫る。
〝阿弥陀如来が日本人である〟とは なかなか納得できないが、まずは 読んでみることだ。
三寺(薬師寺、長谷寺、東大寺)については、米田氏以外の誰も書いたことの無い内容であり、理解できた後の優越感、満足感は、読んだ者にしか分からない。
以上四書が新泉社から出版された米田氏の著作の総てである。
「地震と建築と」というタイトルの連載は、これら四書の集大成に百人一首を中心とした和歌の分析を加え「移築説」の裏を取るといった構成になっている。
米田氏は明言したことはないが、異端の香り漂う、これらの内容は、さる筋(すじ)から嫌われ、その出版は受け入れ難かったようである。
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