王塚古墳へは米田良三氏と出かけ、色々教えていただいたことがあります。
その時の予備知識があったため、友人たちと行った五郎山古墳では、米田説と公式見解とのギャップが鮮明に理解出来、一味違って楽しめました。
先日、NHKの歴史番組で両古墳を取り上げていましたが、まるで覇気のないピンボケな解説を聞かされウンザリしました。
一番大切な装飾古墳の意義は、“磐井の乱”(本当は“継体の乱”)の戦後処理の一環であることなのに、その点に指一本触れないことです。
放送は勿論、現地のミュージアムの解説も同じです。
壁に描かれている馬上の人物は倭薈、馬の口をとるのは安曇の君である、と実在したスト-リーが描かれているのです。
ミュージアムの再現古墳の出来は素晴らしいのに、内容が伴わないのはいかにも勿体ない印象です。
五郎山古墳のある原田(はるだ)の住宅地は綺麗に宅地開発がなされ、定住したくなるような美しい環境です。