鶴舞交差点(名古屋市昭和区)界隈で残っているのは老舗の二軒のみとなってしまったが、およそ二十年前にはユニークな古本屋がもう数軒存在していた。
その頃、今は無い書店で手にした『法隆寺は移築された』という不思議なタイトルの本が米田建築史学との出会いであった。元々、自宅や仕事場の設計を手掛けたくらいであるから建築には興味があったが、いざ読み始めてみると知らない日本建築の用語に満ちており、読み進むに困難を極めた。わからないところは飛ばして一通り眼を通したところ、書いてあることは直感的に本物であると思えた。著者は「地震に備える建築法」 を軸にインスピレーション鋭く「移築説」を語り、そのストーリーにはロマンがあり、謎解きの楽しさもあり、さすが理系の著者による歴史だと感心させられた。
さっそく、高校の同窓会の席で、東大出身の仲間に 「法隆寺移築説」 を披露したところ、「バカヤロー!そんなことあるかーっ、教科書に書いてないがや!」と名古屋弁での反応。本で知識を得た側が否定されてしまえば議論はそれでお終いである。
米田良三氏の唱える「法隆寺移築説」、その前提となる古田武彦氏の「九州王朝説」等は歴史アカデミズムの最も嫌うところであり、未だにまともな議論は交わされていない。