小説「ワールズエンドアンドガールフレンド」 -5ページ目

インディゴブルー<3>




 僕が通う大学は東京といってもほぼ神奈川よりに位置していて、その広大な面積くらいが自慢のあまり名の知られていないありふれた大学だ。



 キャンパスはその在校人数に比べたら格段に広く、ちょっとした森と呼べるようなものもあるほど自然には困らない。
 土日でもなんでもない平日の昼間にキャンパス内を歩いても、いくつもの棟が連なって建っている中心部以外ではあまり人に出会うこともない。

 正門からその中心部に向かって歩いていくのに3分くらいかかり、その間はずっと木々の間を通っていく。連なる棟の向こうには森が見え、学内生カップルはよくデートにこの森を使っていた。
 森といっても道はちゃんと整備されていて、大きな自然公園のような様相を呈していた。湖もあるみたいけど、僕は一度も一度も行ったことがなかった。
 



 カスミは心理学部を、僕は社会学部をそれぞれ専攻していた。お互い講義にはきちんと出る性格で、お互い空いた時間を見つけては、適当なベンチに座って他愛もない話をしたり、あてもなくキャンパス内をぶらぶらしてみたり、雨の日は図書館に行ってそれぞれ勝手に好きな本を読んだりしていた。









 カスミは僕のバイト先にもごくごくたまに顔を出すようになった。僕はなんともいえない閑散としたカフェでバイトをしている。外の天気が雨だろうと、風が吹こうと、満員で込み合うなんてことは誓ってもなかった。


 僕はそこで注文をとったり飲み物やら料理を運んだり、食器を洗うこともレジを打つこともやった。だいたい同年代くらいの男の子と女の子が、全員合わせると結構な人数働いていたけれど、みんなそれぞれどの仕事もこなせる。
 感動して涙が出るくらい放任主義な店長が経営するカフェゆえに、入ってしばらくするとみんなそうならざるを得ないのだ。
 
 店長が唯一自分で意志を持って決めたのはポルカというカフェの名前くらいじゃないかとみんな疑っている。なんでも音楽の言葉らしいが詳しいことはわからない。ただ店内に流れるクラシックはどれも素晴らしいと思う。そういえば音楽を決めているのも店長だった。



 ただ身内の贔屓目を抜きにしてもポルカは素敵なカフェだ。お客の数は何一つとして真実を物語っていない。






 カスミの住んでいる駅と僕が住んでいる駅の途中の駅にポルカはあって、カスミは大学からの帰り、気まぐれに自分の駅を乗り過ごして僕のもとを訪ねてくることがあった。
 
 来ても何をすることもなく、いつもの図書館で見せる姿と変わらずに小説を静かに読んで帰るのけど、彼女は彼女なりにこのカフェを気に入っているみたいだった。帰りがけに「またね。」と僕に言って帰るまで、カスミが店に来ていたことに気がつかなかったこともあった。
 






「カーテンの色を変えようと思うの。」

「今のカーテンの色は何色なの?」

「甘いミルクティーみたいなクリーム色。」

「いい色だと思うよ、それ。」

「私も気に入っているけど、でもなんかカーテンの色を変えたい時ってあるじゃない?」

「…あるかもしれない。今は何色にしたい気分なの?」

「夜空と同じくらい濃いブルーがいい。」

「いいね。柄は?」

「…考えてない。」

「じゃ僕があのお客さんにホットのレモンティーを持っていって、ここに帰ってくるまでに考えてみて。」




 僕は接客の合間をぬってカスミと交わす短い会話が好きだ。窓の外の景色も悪くない。ポルカの入り口の透明なドアや窓からは外の通りの風景が見える。客足が途絶えて少し暇な時は、街ののら猫みたいな気分になって、通りを眺めていた。






 カスミと約束してすぐの日曜日は雨だった。だからカスミと海へ行くのはさらにその次の日曜になりそうだ。




 僕の頭の中は、カスミと行く海のことでいっぱいだった。