小説「ワールズエンドアンドガールフレンド」 -4ページ目

モスグリーン<3>

 




 リリが来なくなってから数日が過ぎて、僕はもうとっくに死を覚悟していた。それは自分でもくすぐったくなるほど静かなもので、赤く燃えるような夕焼けをいつものように見ながら、世界の終わりはこんな感じだろうかとか、自分でもよくわからないことをいろいろと考えてみたりした。


 リリは自分と家の世界を繋ぐ唯一の存在で、そのリリがいなくなった今、自分に残されているのは静かな死のみだと思っていた。





あのフクロウが喋るまで。






 もう僕は今夜がいったい何回目の夜なのか数えるのもやめてしまった。きっとそう日にちは経っていないのだろうが、リリのいない日々は永遠みたいに長かった。


 夜の帳は全てを飲み込むには濃さが足りず、つけっ放しにしたリビングの灯りが庭をやんわりと明るくさせていた。草木も僕が水をやっていないからか茶褐色の部分が少し目立つようになっていた。食べ物ももう限界は見えている。見てみると意外に蓄えがあったものの、少しずつ食べてももって1ヶ月くらいだろうか。
 ただ何より話し相手がいなくなってしまったのはつらかった。空腹よりも何よりも、孤独は人を死なせてしまうと強く思った。
 





 実際、僕はその日その日をほとんど何もせず過ごし、食事も思い出したときにとるくらいだった。だから始めは庭の椎の木にとまったフクロウが喋った時に、幻覚に違いないと思った。



「こうしていても仕方がないから、とりあえずは庭の外の世界に出なさい。」
 


 嘴をパクパクと動かしながら喋るフクロウを見て、我ながらずいぶんと精巧な幻覚を作り出したものだと感心した。声はなんだか頭に直接響いてくるみたいだった。リビングのソファに寝転んだ僕は、ベランダに面した開けっ放しの大きな窓から少し朦朧とした意識の中でフクロウの姿を懸命に捉えようとする。
 
 暗くてはっきりと見えないが、茶褐色の羽並みの合間にところどころに純白の羽根が見え隠れした美しいフクロウだった。庭の木の中で一番大きな椎の木の中ごろの、人が差し伸べた手のような枝をしっかりとその両足で握り締め、黄色く光る大きな瞳で僕をじっと見据えていた。






「庭の外の世界のことを君が何一つとして知ることのないのはわかっている。
ただ世界は絶えずその形を変えるのだ。
わたしが明日も飛べる保証などどこにもありはしないし、流れる雲が次にどのような形をとるかは誰も知らないのだ。
そしてきっと庭の外の世界で君は、今までに感じたことのないような悲しい出来事も知ってしまうかもしれない。
庭の外に出た君はとにかく無防備なのだ。庭の外に出るということは、裸のまま何も見えない真夜中にピクニックをするのと少し似ているかもしれない。
それを思うとわたしは胸が苦しい。
君を庭の外の世界になんて行かせたくないのも間違いなくわたしの本音なのだ。
ただ、繰り返すように、世界は絶えずその形を変えるのだ。」







 幻覚にしては映像としてクリアすぎるし、何よりもフクロウが喋る量にしてはちょっと長すぎる。僕は目をしばたかせてあくびをかみ殺した。夜風が吹いてきて少し寒かったから、足元に丸まっていたお気に入りのブランケットを手繰り寄せる。

「何を考えている。」

 フクロウが僕に問いかけた。ブランケットで隙間が出来ないように体を包み込む。風が通らなくなるとすぐに体に温もりが戻っていく。

「裸のまま行くピクニックについて考えています。」
 
 僕は想像の中でとりあえず裸になってみて、それからやっぱりピクニックに行くのだからリュックサックは必要だろうと考えた。それから懐中電灯はきっと使ってはならないんだろうとフクロウの意図を汲み取り、ならきっと火は起こせないからライターやマッチなんかもだめなんだろうと思って持っていく荷物からはずしたりした。

「君は何一つ疑う必要なんてないんだ。君は何も知らないのだから。フクロウが喋ることは信じられないことなのか?」

 正直なところ、もうほとんどフクロウが喋っているというこの出来事が幻覚なんかじゃないと薄々気がついていた僕は、フクロウの次の一言でソファから立ち上がることになった。


「言い難いことがだが、おまえはもうリリには会えない。」