そうすると、例えば、他人の表情を見て、それがどういう意味なのかといったことが分からなくなってきます。人々の生き様に触れる、ということがなくなると、相手のことに気がつく能力が低下してくるのです。非言語的なことへの感じ方が鈍感になってくるのです。
外化をするということは、ある現実を自分が望むように歪ませて受けとめる癖がつくことを意味するので、その人は、どんな現実にぶつかったとしても、ありのままに直視することができなくなってしまうのです。しまいには自分自身に直面することもしなくなり、自分で自分を裏切り、自分を隠して生きていくようになります。
外化をしている人物が、自分の周囲の人達について説明する時には、実際に存在している人をありのままに描写しているのではなく、自分の願望を外化して自分が「こうであって欲しい」と願っている内容が投影された人物像を説明するようになります。
現実を見ないで、自分の願望の中に生きることを選ぶわけですから、その人は現実を生きることがだんだんできなくなってきます。
外化をする人の説明は、現実を受け容れないで、自分の心に都合のいいように意図的に現実を曲げて「解釈した」ものですから、他人が、その外化をしている本人から説明された時には、最初はなかなか理解できません。普通の人が見ている現実からは遊離しているからです。
「自分のここが間違っているから今の自分の窮状があるのだ」という考え方ができないため、すなわち現実を直視しないために、その人を取り巻く状況は改まらないのです。
自分の責任を引き受ける、自分の義務を全うするという覚悟ができておらず未熟なため、現実を直視できないのです。
その人が未熟なのは、おそらく心理的な成長に失敗したからなのです。
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