大学受験の世界史のフォーラム ― 東大・一橋・外語大・早慶など大学入試の世界史のために ―

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東大・一橋・外語大・早慶など難関校を中心とする大学受験の世界史の対策・学習を支援するためのサイトです。

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このブログについて

この「大学受験の世界史のフォーラム」は,大学受験世界史の学習に利用できる教材や情報を提供することで,受験生・高校生を支援するためのブログです。古代ローマにおける「フォーラム」(広場)のように,有意義な交流ができる場にできればと思っています。

管理人である東大世界史講師は,東京大学文科一類に入学して東京大学法学部を卒業し,現在,東京・神奈川の大学受験指導機関で,東大を中心とした大学入試対策の世界史を指導している者です。

このブログは,営業ではなく個人的な活動として行っています。(※指導・添削のサービスにご関心をお持ちの方は,「世界史の指導・添削サービスについての情報」をご覧ください。)

お知らせ

更新情報


アメリカ合衆国の重要な州の7つ目として,今回はテキサス州を取り上げます。

アメリカ全体の地方と州については,「アメリカ合衆国の地方と州」の記事をご覧ください。


総論

アメリカ合衆国におけるテキサス州の位置

<アメリカ合衆国におけるテキサス州の位置>


テキサスは,アメリカ合衆国南部に位置し,メキシコおよびメキシコ湾と面する州である。非常に広い州で,面積はアメリカ合衆国の州のなかでアラスカに次ぐ2位で,アメリカ本土ではトップである。


綿花プランテーションやカウボーイなどの昔ながらの南部・中部の雰囲気が残る一方で,航空宇宙産業やIT産業のような最先端の産業も発展している。


石油などのエネルギー産業にくわえて宇宙産業・IT産業などが発達しており,アメリカ合衆国の州のうちで人口・GDPのいずれも2位で,アメリカの主要な州になっている。


都市・地名

テキサス州 拡大図

<テキサス州 拡大図>


テキサス州には経済的に発展した大都市が多く存在する。


世界史の学習においては,ヒューストンダラスを知っていれば十分である。


ヒューストン


テキサス州南東部,メキシコ湾沿岸に位置する港湾・工業都市。

石油産業・宇宙産業などの工業が高度に発達しており,全米でも有数の大都市になっている。

NASAの宇宙センターも存在する。


ダラス


テキサス州北東部の都市。

石油産業・航空産業にくわえて,IT産業なども発展している。

1963年にケネディ大統領が暗殺された地として有名。


歴史


テキサスの地は,スペイン領,メキシコ領,テキサス共和国という,複数の異なる国の支配を経て,アメリカ合衆国の領土となった。


ルイジアナ 領有国の変遷

<テキサスの領有国の変遷>


スペイン領時代


17世紀末から,テキサスの地は現在のメキシコの領域にあわされてスペインの植民地となった。


16世紀からアメリカ大陸に進出したスペインは,現在のメキシコにあたる領域を植民地化して「ヌエバ・エスパーニャ」(「新スペイン」という意味)という名の植民地を建設した。

そして,17世紀末には現在のテキサスの地も支配下に入れて,このヌエバ・エスパーニャにあわせた。


これにより,テキサスの地はまずスペイン領となった。


メキシコ領時代


つづいて,19世紀前半には,メキシコのスペインからの独立にともなって,テキサスはメキシコ領となる。


19世紀初めから,メキシコでは本国スペインの支配への反発から独立運動が展開された。

そして,1821年にメキシコがスペインからの独立を果たしたが,その結果としてテキサスもメキシコ領となった。


こうして,今度はテキサスはメキシコ領の一地方となった。


メキシコからの独立とアメリカによる併合


19世紀前半には,テキサスはメキシコから独立した後に,アメリカ合衆国に合流することになる。


メキシコ政府はテキサスの開発のために移民を積極的に受け入れていたが,その結果,テキサスでは隣接するアメリカ合衆国からの移住者が増加していき,しだいにアメリカ系住民とメキシコ政府との軋轢が生じるようになった。

そして,ついに1836年にはアメリカ系住民がメキシコからの独立を宣言し,テキサス共和国の建国を宣言したうえで,アメリカ合衆国に加わることを希望した。

当然メキシコはこれを認めず,メキシコとテキサスとの間ではテキサス独立戦争が起こったが,まもなくテキサス側がメキシコを破って事実上の独立を確保し,彼らはアメリカ合衆国に対してテキサスの併合を要請した。


当初,アメリカ合衆国はテキサスの併合をためらっていたが,1845年にはついにテキサスを併合してアメリカ合衆国の州とすることを決める。


ルイジアナ 領有国の変遷

<アメリカ合衆国によるテキサス併合>


結局,テキサスの領土はアメリカがメキシコから奪ったかたちになり,メキシコは激しく反発し,これが1846年からのアメリカ・メキシコ戦争米墨戦争)につながったが,アメリカはこの戦争にアメリカ勝利してテキサスを確保し,さらにはカリフォルニアなども獲得する結果になった。


アメリカ合衆国の州として


以上のようにして,テキサスは,アメリカ合衆国に併合され,アメリカ合衆国の28番目の州となった。


当初,テキサスでは綿花の生産が主な産業で黒人奴隷を使用したプランテーションの経営がさかんだったが,そのために南北戦争では南部のアメリカ連合国側で戦って敗北した。

南北戦争の敗戦は綿花などの農業にとっては打撃となったが,19世紀後半にはカウボーイによる牛の放牧などの牧畜業がブームになったこともあって,テキサスはすぐに活気を取り戻していった。


そして,20世紀に入ると,テキサスでは石油が発見されたことで石油産業が成長し,エネルギー産業に牽引されるかたちで経済的に発展していった。

さらに,20世紀後半以降には,宇宙産業やIT産業などの先端技術産業も発展し,現在のアメリカ合衆国において人口・経済などの面でトップレベルの州になっている。



アメリカ合衆国の重要な州の6つ目として,今回はルイジアナ州を取り上げます。

なお,現在のアメリカ合衆国のルイジアナ州だけでなく,ルイジアナ州も含んだミシシッピ川流域一帯を指して呼んだルイジアナ植民地も扱います。

アメリカ全体の地方と州については,「アメリカ合衆国の地方と州」の記事をご覧ください。


総論

アメリカ合衆国におけるルイジアナ州の位置

<アメリカ合衆国におけるルイジアナ州の位置>


ルイジアナ州は,アメリカ合衆国南部,ミシシッピ川の河口に位置し,メキシコ湾に面する州である。


かつてフランス領の植民地であったことから,現在でもフランス系の住民や文化が比較的多く残っている。


また,ディープサウスと呼ばれる南部の中心部にあたり,黒人奴隷を使用したプランテーションがさかんだった過去もあって,現在でも非常に保守的な地域で黒人差別やキリスト教原理主義などが比較的強い。


アメリカ合衆国の50州のなかで人口・GDPとも25位程度と中位で,かつては綿花などの農業生産がさかんだったが,近年では石油・天然ガスなどのエネルギー関連の生産・工業が発達している。


都市・地名

ルイジアナ州 拡大図

<ルイジアナ州 拡大図>


世界史の学習においては,ルイジアナ植民地の領有国の変更は重要だが,ルイジアナ州内の地名はほとんど出てくることはないだろう。

唯一,ニューオーリンズのみはフランス領植民地の中心都市として出てくる可能性があるので,知っておくとよい。

なお,地理の学習者については,州都であるバトンルージュもおさえておくとよいだろう。


ニューオーリンズ


ルイジアナ州南東部,ミシシッピ川河口の都市で,州最大の都市。

1718年にフランス人によって建設された。名前は「新しいオルレアン」という意味で,植民地建設の支援者であったフランスのオルレアン公にちなんで名づけられた。

海港都市として海上貿易がさかんで,また工業も発展している。


バトンルージュ


ルイジアナ州南東部,ミシシッピ川沿岸の都市で,ルイジアナ州の州都。

フランス植民地時代の1719年にフランス人によって建設された。フランス語で「バトン」は「棒」,「ルージュ」は「赤」なので,都市名は「赤い棒」を意味するが,これは先住民が赤い棒を標識として建てていたことに由来する。

石油関連工業などの工業が発展しており,ニューオーリンズに次ぐ州内第2の都市となっている。


歴史

ここでは,現在のルイジアナ州だけではなく,かつてのミシシッピ川流域一帯を指すルイジアナ植民地についての歴史も述べる。


フランス領ルイジアナ植民地


ルイジアナの植民地としての歴史は,17世紀末からのフランスの進出と支配に始まる。


17世紀末に,フランスの探検家ラ・サールが北米のミシシッピ川流域を探検してフランスによる領有を宣言し,この地がフランス王ルイ14世の名前ルイにちなんでルイジアナと名づけられた。

このフランス植民地時代に,ルイジアナの中心都市としてミシシッピ川の河口にニューオーリンズが建設され,ルイジアナでは貿易やプランテーション農業が発達していった。


こうして開発されていったルイジアナ植民地は,現在のルイジアナ州の部分だけではなく,ミシシッピ川流域一帯の広大な領域を指し,南北はカナダとの境界からメキシコ湾まで,東西はアパラチア山脈からロッキー山脈まで広がっていた。


ルイジアナ植民地の領有国の変化


フランス領植民地であったルイジアナは,18世紀後半にミシシッピ川を境界とした東西が分割されたうえで他の国に割譲されたが,18世紀末から19世紀初めに東西いずれもアメリカ合衆国が獲得したことで全体がアメリカ領になり,現在に至る。


ルイジアナ 領有国の変遷

<ミシシッピ川以東・以西のルイジアナ>


ルイジアナ 領有国の変遷

<ルイジアナの領有国の変遷>


1756年からイギリスとフランスなどの間で展開された七年戦争およびそれと並行して北米で行われたフレンチ・インディアン戦争の結果,1763年にパリ条約が締結され,フランス領だったルイジアナの領有の変更が決定された。

この条約により,ルイジアナはミシシッピ川を境界として東西に分けたうえで,ミシシッピ川以東のルイジアナはイギリス領,ミシシッピ川以西のルイジアナはスペイン領とされた。


この後,ミシシッピ以東のルイジアナについては,1775年からのアメリカ独立戦争でアメリカがイギリスに勝利した結果,1783年のパリ条約(1763年のパリ条約と同名であるが別の条約)で,イギリスからアメリカ合衆国へと割譲された。

これにより,ルイジアナの東部は,アメリカ合衆国の独立の初期からその領土となった。


一方,ミシシッピ以西のルイジアナは,上述のように七年戦争後にスペイン領となったものの,1800年には再び元の領有国であるフランスへと返還されていた。

しかし,アメリカ合衆国第3代大統領トマス・ジェファソンは,これを知るとフランスに対して強く買収を提案し,1803年には当時フランスで統領の地位についていたナポレオンからこれを買い取ることに成功した。

こうして,ルイジアナの西部もアメリカ合衆国の領土となり,ルイジアナは西部・東部ともアメリカ合衆国の領土となった。


その後のルイジアナ


その後,ルイジアナの領域はアメリカ合衆国によって開発が進められ,区分されたうえでそこから多くの州が形成されていった。


かつてのミシシッピ川以東のルイジアナに当たる領域からは,ミシシッピ州・アラバマ州・イリノイ州・ウィスコンシン州などが形成されていった。

また,ミシシッピ川以西のルイジアナからは,ルイジアナ州・ミズーリ州・カンザス州・ネブラスカ州など多くの州が成立している。


このように,かつてのルイジアナと呼ばれた領域は,現在ではアメリカ合衆国の南部から中西部にかけての多くの州になっている。


ルイジアナ州


かつての広いルイジアナの領域のうち,その中央南部,ミシシッピ川の河口近くに形成されたのがルイジアナ州であり,1812年にアメリカ合衆国の18番目の州として加入した。


ルイジアナ州では,19世紀半ばまでは黒人奴隷を使用した綿花のプランテーションがさかんで産業の中心だった。

しかし,1860年代のアメリカ南北戦争において,ミシシッピ州は南部のアメリカ連合側に参加して戦って敗れ,この結果として奴隷制は廃止された。


ルイジアナ州ではその後も綿花や大豆などの農業が主な産業だったが,20世紀に石油が発見されてから石油産業が発展し,現在でも石油・天然ガスなどの生産や関連工業が発達している。



アメリカ合衆国の重要な州の5つ目として,今回はフロリダ州を取り上げます。

アメリカ全体の地方と州については,「アメリカ合衆国の地方と州」の記事をご覧ください。


総論

アメリカ合衆国におけるフロリダ州の位置

<アメリカ合衆国におけるフロリダ州の位置>


フロリダは,アメリカ合衆国の南部の大西洋岸に位置し,合衆国の南東部に突き出たフロリダ半島を中心とした州である。


大部分が亜熱帯性の気候で年中温暖であり,園芸農業や観光業が発達しているが,近年はエレクトロニクスや宇宙産業などの先端技術産業も発達しており,人口3位,GDP4位と,アメリカ合衆国の州のなかで上位に位置している。


人口構成の面では,かつては黒人の比率が高かったが,19世紀後半以降は白人の比率が増加しており,また中南米に近いことからキューバなどのラテンアメリカ系の住民(ヒスパニック)も多い。


都市・地名

フロリダ州 拡大図

<フロリダ州 拡大図>


フロリダには,観光のほか,ハイテク産業がさかんな都市が多くある。

特に中部のタンパ・オーランド・ケープカナヴェラルなどを結ぶラインは,半導体・ソフトウェア・宇宙産業などのハイテク産業がさかんな都市が集まっており,エレクトロニクスベルトと呼ばれる。

※大学受験や高校の世界史では,フロリダそのものは重要であるものの,その内部の個々の都市まで出題されることはまずないだろう。ただし,地理や現代世界を学ぶうえでは都市も知っておくと有益である。


マイアミ


フロリダ南東部沿岸に位置する観光・リゾート都市。

温暖な気候と美しいビーチに恵まれ,観光や保養のために多くの観光客が訪れ,ホテル・別荘などの施設も多い。

野球・メジャーリーグのマイアミ・マーリンズの本拠地でもあり,2023年には野球の世界大会WBCの決勝戦がマーリンズのホーム・スタジアムであるローンデポ・パークで実施され,日本が勝利して世界一になった。


タンパ


フロリダ州西岸の港湾都市。

リン鉱石や果物の生産・加工で有名だったが,近年は半導体などの先端技術産業が発達している。


オーランド


フロリダ州中部の観光都市。

ディズニーリゾートなどのテーマパークで世界的に有名。


ケープ・カナヴェラル


フロリダ半島の大西洋岸に接する砂州。

ケネディ宇宙センターが置かれているなど宇宙産業の重要な拠点となっている。


歴史


フロリダは,スペインやイギリスの植民地支配を経てアメリカ合衆国の領土となり,現在に至っている。


植民地時代(16世紀~18世紀後半)


16世紀からヨーロッパ人がアメリカ大陸の各地に進出するなか,フロリダは初めはスペインの植民地となり,その後,18世紀後半から19世紀前半に,イギリス領,再びスペイン領,というように領有国の変化が起こった。


まず,16世紀にスペイン人の探検家たちがフロリダ半島に到来し,フランスとも競いながらここで植民地を開発していき,フロリダはスペイン領植民地となった。

これ以後,18世紀半ばまではスペイン領の状態がつづいた。


しかし,18世紀後半から,ヨーロッパ諸国間の戦争と絡んで,複数回の領有国の変化が起こる。

1756年から展開された七年戦争では北米においてもイギリスとフランス・スペインとの間で戦闘が行われたが,これはイギリスの勝利に終わり,その講和条約である1763年のパリ条約でフロリダはスペインからイギリスへ割譲されることになった。

つづいて,1775年からのアメリカ独立戦争の際には,フランス・スペインがアメリカ側についたことで,再びイギリスとフランス・スペインが戦う構図になり,今度はイギリスの方が敗れたことで,1783年のパリ条約(※1763年のパリ条約と同名だが別の条約)でフロリダはスペイン領へと戻った。


アメリカ合衆国時代


19世紀前半にフロリダはアメリカ合衆国が獲得し,合衆国の一州となって発展していった。


18世紀末にイギリスから独立して成立したアメリカ合衆国は,ジョージアやルイジアナに接するフロリダの地に関心をもち,19世紀に入るとしばしばフロリダをめぐってスペインと衝突するようになった。

そして,1819年,モンロー大統領の時代に,アメリカはスペインからフロリダ買収することに成功し,これによってフロリダはアメリカ合衆国の領土になった。


アメリカ合衆国はフロリダに開拓者を送り,現地の先住民(インディアン)を制圧しながら開発していき,1845年にはフロリダは州に昇格しアメリカ合衆国27番目の州となった。

当初,フロリダでは綿花や砂糖が主な産業で,そのためにプランテーションが開発され,黒人奴隷を使用した生産が行われていた。

しかし,1860年代の南北戦争でフロリダを含む南部(アメリカ連合国)が敗北し,奴隷制が廃止されたことによって綿花や砂糖の産業は大きな打撃を受けて,フロリダは別の経済的な基盤を模索するようになった。


19世紀後半以降は,フロリダでは園芸農業や観光産業が発展し,これらの新しい産業によって発展を遂げる。

フロリダでは,その温暖な気候を生かして,オレンジ・グレープフルーツなどの果樹を栽培する園芸農業が発達していった。また,温暖な気候にくわえて美しい海岸のため,観光業が大きく発展した。

20世紀後半には,オークランドでディズニーリゾートがオープンするなど多くの観光施設が建設されて,世界的な観光地へと発展した。

さらに,ケープ・カナヴェラルにケネディ宇宙センターが設置されるなど宇宙産業の拠点にもなり,近年ではタンパやオークランドで半導体やソフトウェアなどの産業も発達している。

こうして,現在のフロリダは,観光で世界的に有名なうえ,宇宙産業や半導体などの先端技術産業も発達しており,アメリカ合衆国でも有数の経済的に発展した地域となっている。