ようこ先生ってどんな人?
1.おてんば娘で勉強できなかった私が現在は
2.勉強できなかった私が〇〇〇で180度変わる
3.ヤマカンが当たった!運が良かった若き日
4.運を動かすマインドって何?実は自分の〇〇〇
5.私の強みは2ヵ国語が話せるバイリンガル!
6.私が子供たちを海外語学研修に送る理由は?
7.一番楽しかった高校ネイティブ教師時代
8.ガーン!大好きなお仕事をやめた出来事
9. 私の心がブルーになり落ち込んでしまった!
10. 図々しく履歴書を出してみた!意外な展開へ!
11.仕事運が劇的に変わったのは〇〇〇のおかげ
12.40代から再度〇〇〇へチャレンジした私!
ソウルで1万人に教えたプロ講師
グローバル教育専門セミナー講師
ようこです。
前回のストーリーはこちらから
私の人生に大きな影響力を
与えてくださった方が
「朴教授」と「林先生」
私が韓国の中央大学(校)で
日本語を教えている時に出逢い
「日本語教育院」で共に働いた仲。
海外で日本語を教える仕事をしたいと
なんと当時50歳という年齢で
日本からソウルに来られた
「林先生(女性の方)」
見た目は38歳ぐらいしか見えず
てっきり私と同じぐらいの年齢だと
ずっと4年間そう思っていました。
若さとバイタリティーがあり
教えることに意欲を燃やして
講義される姿がとても刺激を受けた私。
そして4年後、日本へ帰国され
なんと50代半ばから
大学院に通われた「林先生」
それだけでも超ビックリでしたが
なんと、大学院卒業後は
同じ大学の非常勤講師
に採用されたそうです。
この「林先生」が日本から時々
私にアドバイスをしてくださったり
励ましてくださったおかげで
私も40歳すぎてから再度
「大学院進学」へチャレンジできたんです。
でも、でも、でも
私、平日はお仕事をしながら
大学院でのレポート提出や発表
中間試験・期末試験・英語の試験
卒業試験、そして修士論文作成
自宅へ帰ったら食器洗い
洗濯物、掃除、ゴミ出し
子供たちの世話
私の次の授業の準備
寝る時間あまりなかったです。
寝る時間がほしいと
思いました。
さすがに体調を崩して
最後の1年間は
フラフラでしたね。
そして私が思ったことは
もう二度と〇〇〇をしない!
と当時は決めたんです。
次回へつづく

