高市政権の死刑執行弾劾!!一日も早く死刑廃止を!!
8月21日今日の朝、大阪拘置所で死刑の執行があった。昨日、「高市首相は、内閣改造・自民党役員人事を来月中下旬に行う方向で調整に入りました」という報道があったので、もしかしたら執行があるかもしれないと頭の片隅で思っていた。わたしが今日の死刑執行を知ったのは、友人からのメール。自宅で掃除機をかけていたときだった。このあと、ゆっくりコーヒーを淹れようと思っていた。暗い気持ちになった。何度も同じところに掃除機を転がしている自分に気がついた。わたしがのんびりと家事をしている間に、この国で首を括られて死んだ人がいた。
ネットニュースを確認すると、一審は裁判員裁判で一般市民が死刑を判断していた事件だった。この判決を出した市民たちは執行の報にどんな思いを抱いただろう。やっと終わった?それとも、罪悪感?後悔?いや、今は知りたくもない。SNSで、死刑執行はすぐに話題に上がり、すぐにまた別の話題にとってかわった。死刑で人が殺されることは、この国では予定された死(殺人だけど)であり、制度のゆえ、当然のこととなっているのだろう。何人もの冤罪死刑囚が無罪になっても、この社会は死刑制度の矛盾や人権侵害を他人事として受け入れる。
内閣支持率の落ちてきた高市首相は、内閣改造を予定し、先に死刑執行もスケジュールしていた。これが高市首相の支持率アップ作戦か。死刑執行して、強い高市早苗を演出したのか。人権感覚鈍い日本では通る演出と思っているのか。反戦・改憲反対のデモが盛り上がる日本だが、死刑執行にはそんな盛り上がりはなさそう。戦争も死刑も国家の殺人なのに、この違いはなんだろう。誰にも殺されたくないから戦争嫌だ。誰も殺したくないから戦争嫌だ。誰にも殺されたくないから死刑嫌だ。誰も殺したくないから死刑嫌だ。誰でも生まれながらに持っているのが人権だから、戦争も死刑もだめなんだよ。国家に命をうばう権利を与えてはいけない。誰の命も奪わせたくないなら、死刑廃止と反戦は必須だ。
死刑執行に抗議します!高市政権の死刑執行弾劾!!一日も早く死刑廃止を!!
(まえだヒソカ)
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1人の死刑を執行、1年2カ月ぶり 大阪市のパチンコ店放火5人殺害
8/21(金) 9:54配信 朝日新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/3911491815fe0db39ced4e66f537a48782b92011
平口洋法相は21日に臨時記者会見を開き、2009年に大阪市此花区のパチンコ店に放火して5人を殺害し、殺人などの罪で死刑が確定した高見素直(すなお)死刑囚(58)について、同日午前に大阪拘置所で刑を執行したと発表した。死刑執行は25年6月以来、1年2カ月ぶりで、高市政権下では初めて。
平口法相は「周到な計画と準備のもと無差別に多数人を焼き殺そうとした極めて残虐な犯行だ。5名もの被害者の貴い命を奪うなど、あまりにも重大な結果を発生させ、社会に大きな衝撃や恐怖感を与えた」と指摘。「慎重なうえにも慎重な検討を加えたうえで死刑の執行を命令した」と述べた。
確定判決によると、高見死刑囚は09年7月5日、自宅近くのパチンコ店にガソリンをまいて火をつけ、客4人と従業員1人を焼死させるなどして殺害し、10人に重軽傷を負わせた。事件の翌日に自首して逮捕された。
弁護側は公判で「妄想の影響を受け、責任能力は限定的だった」と主張。11年の一審・大阪地裁判決、13年の二審・大阪高裁判決とも完全責任能力を認定した。16年の最高裁判決も支持し、「希望にかなう就職や将来の生活を考えて活動を続けながら、現状への不満を動機として犯行を決意しており、妄想の影響は大きくはない」とした。
(以下略)
ねこぞうの命日。
2007年6月11日、2月生まれの保護ねこが家族になった。名を「ねこぞう」とつけた。当時のわたしは、鬱病で休職と復職を繰り返していた。末娘は引きこもりで一日も登校しないまま中学を卒業したばかり。ねこぞうは、わたしたちに小さな幸せを運んできた。最初に保護した方から去勢とワクチン接種もされていたが、眠っている時、怖い夢でも見たように突然、てんかん発作を起こした。それでもよく食べ、狭い部屋を飛び跳ねて遊んだ。
ねこぞうは、16歳あたりから、タンスなど少し高いところに飛ぶことがなくなった。ふざけて走り回ることもなくなって、わたしたちも「ねこぞうも年取ったね」と言うことが多くなった。それでも、猫じゃらしや小さなボールを投げてやると遊んだので、「案外、20歳より生きて猫又になるかも」など思ったりしたのが17歳だった。
ところが、18歳を過ぎると、ドライフードが噛めなくなった。ウェットフード主食にしたが、あまり食べられなくなり、便秘するようにもなった。咳をするようになり、むくみも出てきて、8月には、もういつ心臓が止まってもおかしくないと思われた。
熱い夏だったが、わたしはできるだけねこぞうと一緒にいようと思い、ベッドの足を外して、ねこぞうが上がってきやすくした。粗相してもいいように、ベッドだけでなく部屋中にペットシーツを敷いた。ねこぞうはほとんどベッドで、わたしの枕に頭をのせて寝ていた。
8月20日には水も飲めなくなった。眠っているのに目が半開きになり、起きていても目が見えていないような状態になった。8月21日夜明け前、ねこぞうが何度も飛び起きてしがみついてきた。目を見開いて、すごい力でわたしの腕にしがみつき、頭をこすりつける。苦しそうで、見ているのも辛く、思わず神頼み。「この苦しみを取り払ってください。もう十分に生きたので休ませてください」と祈り、何十年ぶりに主の祈りを唱えた。それから、ねこぞうは少し眠ったようだったが、昼過ぎて、突然、わたしの腕の中から飛び出して、床に倒れた。ねこぞうは引きつけるように足も頭も激しくのけぞらせて何か声を出した。わたしは「ねこぞう、もういいよ。もう楽になって」、「怖くないよ、大丈夫だから」と声をかけた。とても「がんばって、生きて」とは言えなかった。2025年8月21日13時半頃、ねこぞうの心臓は止まった。
わたしは暑い部屋で、ねこぞうが腐敗していくことは耐えられなかった。すぐにペットの葬儀屋を検索して予約を入れた。その日の夕方には、ねこぞうは火葬されて白い骨になった。葬儀屋から受け取った小さな骨壺はまだ熱かった。
あれから1年。ねこぞうのいない部屋。ねこぞうの食事を心配しない日々。ねこぞうの毛がついていない服。ねこぞうの爪を踏んで「痛い!」と言わなくていい床。ねこぞうが鳴かない夜。ねこぞうに起こされない早朝。もう増えることのないアルバム。ねこぞうが使っていたお椀も遺骨も部屋に置いている。たくさん写真も飾っている。でも、死者は飲まない食べないと思っているので、供え物などはしたことがない。それでも分骨していて、どこに行くにもねこぞうを連れて行く。おはよう、おやすみ、いってきます、ただいまと話しかける。骨になったのだから、よみがえりはありえないと自分に言い聞かせ続けている。諦めきれないねこぞうの死。それでも1年、ねこぞうのいない部屋を過ごした。ねこぞうコーナーを、「推し」と半分にしてみた。ねこぞうを悲しみの対象にしないための努力を始める。(まえだヒソカ)

【福岡】「8.15 平和を建設する集い」とデモに参加しました。
2026年の「8.15 平和を建設する集い」は、「民主主義と平和な明日のため今こそ“武器なき闘い”を」と題して、8月15日のこの日、沖縄在住のジャーナリスト山本 眞直(やまもとますぐ)さんをお迎えしての集会とデモでした。
わたしはバスが遅れて、開始時間少し遅れて会場に着いたのですが、どうも主催者側の顔色が優れない。実は、講師と連絡がつかない、まだ会場入りしていないと言うではありませんか。え?飛行機、何かあった?いやいや、そんな情報、ネットにもあがっていない。講師に電話してもプツプツ切れると慌てる主催者。「こんなこと初めて」と言うので、「いや、講演会に講師が来なかったことありますよ。その時は、主催者側で頑張って交代でお話しましたけど」と過去の経験を伝える。「幸い、いつでもどこでも話せそうなメンツが多い会場だね」と別のメンバーがまじめに言う。「でも、講師本人の状態が無事か心配だね」とわたしは珍しく気遣う発言をする。しばらく、講師のプロフィールや、配布した活動案内チラシの説明や、「いのうえ商店」のピースTシャツの案内、「いつでもどこでも話せる牧師」の話などで場が繋がれた。会場の九州キリスト教会館には76人の来場者が待っていました。
その後、那覇空港で福岡行き飛行機の遅れが大幅に出ていることがわかり、さらに講師とも連絡がとれて、講師が無事に会場到着したのは3時過ぎでした。一時間遅れでしたが、講師には「ここだけは言いたいこと」に絞って話してもらうことになりました。
最近、熊本に配備された25式地対艦誘導弾は射程1000キロで中国大陸沿岸まで届く、静岡に配備の25式地対艦誘導弾は射程3000キロで中国大陸沿岸どころか北京など中心部にまで届く。これは防衛ではなく先制攻撃兵器だ、日本全国にそんなミサイルの配備計画がある。中国の懸念、抗議は当然のこと。AIによる兵器の制御、核戦争の現実味、しかし、熊本健軍駐屯地への長射程ミサイル配備反対運動の取り組みは全国の励ましになった。草の根からの声こそが、「勝利の方程式」だ。悪法攻撃も市民運動で蹴散らしていこう。山本眞直さんは疲れた様子も見せず、熱い思いを語ってくれました。
講演のあとは、天神警固公園に向けてデモに出ました。しばらく続いた暑さが和らいだこの日、デモ参加者は36人。毎年、暑さでデモ人数は減りますが、どうやら、こちら以外にもいろなところでイベントがあったようで、そちらに移動された方も・・・。デモ警備の警察官・公安がいつもより多かったですね。デモは、主催者、参加者が交代で、今日の日をアピールするスピーチ、警固公園あたりでコールでした。特にトラブルもなく無事に終了しました。山本眞直さま、主催者さま、三アカのみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました。(ヒソカ)








