今日の労働判例
【社会医療法人警和会事件】(大阪地判R 6.3.27労判1310.6)
この事案は、病院の経営者が変わる際に、新経営者との間の雇用条件(年休の引継ぎの有無や未消化の有休の買い取りなど)や、旧経営者Yとの間の雇用関係終了に伴う条件(退職金の金額など)について、組合を通した交渉で合意に至らず、従業員ら232名(訴訟原告Xらはこのうちの187名)が、一斉に年休取得を申請した事案です。Yが年休の取得を認めなかった(病院の運営に配慮して、従業員らはシフトに基づいて勤務した)ため、年休を取得できなかった損害の賠償を求めました。
裁判所は、Xらの請求を否定しました。
1.配慮義務
Xらは、Yが、年休取得できるようにすべき配慮義務に違反した、時季変更権を違法に行使した、などと主張しました。
これに対して裁判所は、配慮義務違反がない、Yが時季変更権を行使したのではなく、Xらが年休の申請を有効に撤回した、と認定し、Xらの請求を否定しました。
このうち、配慮義務については、JR東海の新幹線乗務員の年休取得に関する一連の訴訟などで、年休の取得に関して議論が進んでおり、特に、「JR東海(年休)事件」(東京地判R5.3.27労判1288.18、読本2024年版248)では、代替要員が十分確保されていない(したがって、従業員が年休を希望通りに取得するのが難しい)ことから、会社の義務違反があったと判断しています。
この厳しい判断に比較すれば、本判決は、「できる限り労働者が指定した時季に年休を取得することができるようにするものにとどまり、これを超えて、使用者が全ての労働者に対して年休全てを取得させるような具体的な措置を講ずる義務を負っていたと解することはできない。」と判断しており、具体的な措置義務自体を否定しているように見えますから、非常に緩やかな判断と評価できるでしょう。
労基法39条1項の「有給休暇を与えなければならない。」という言葉の具体的な内容について、今後の動向が注目されます。
2.法律構成
また、後者の法律構成の違いについては、一斉に年休取得を認めると病院の運営が成り立たない状況で、各上長が年休申請に対する承認印を押さなかった、という行為の、法律的な意味の評価の問題と整理できます。
Xらが、この行為を時季変更権の行使、と整理・主張したのは、労基法39条5項の規定が適用されれば、時季変更権を行使できる状況にあること、すなわち「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」であることをYが主張立証しなければならず、Yの側の負担が大きくなると考えたからでしょうか。
また、結果的に、Xらがシフトに従って勤務したことをもって、年休取得申請の撤回、と整理しており、理論的に考えれば、承認印を押さなかったY(各上長)の行為が時季変更権の行使かどうかと関係がないようにも見えますが、なぜ、時季変更権の行使かそうでないのかが問題にされたのでしょうか。仮に時季変更権の行使だったとなると、Xらの行為に対するYの行為が存在することになり、Yの立場も考慮しなければならなくなるため、撤回できなくなってしまう、したがって、Yの行為(時季変更権の行使)が無かった、と整理する必要がある、という趣旨でしょうか。少し技術的・理念的に過ぎ、本当に時季変更権の行使かどうかを議論する必要があったのかどうか、疑問の余地があるでしょう。
3.実務上のポイント
JR東海の事件などで議論されているような、言わば平時の年休取得の問題と、経営が変わるという緊急時の年休取得の問題と、状況が異なるので、ルールそのものが違うべきかもしれませんし、あるいは、ルールは同じだが、ルールに適用すべき事実の評価が異なる、という問題かもしれません。
年休に関する議論が盛んになってきましたが、本判決については、その位置づけや特徴にも配慮した議論がされる必要があるでしょう。