https://youtu.be/YeDpI3INUYk

 

今日の労働判例

【社会医療法人警和会事件】(大阪地判R 6.3.27労判1310.6)

 

 この事案は、病院の経営者が変わる際に、新経営者との間の雇用条件(年休の引継ぎの有無や未消化の有休の買い取りなど)や、旧経営者Yとの間の雇用関係終了に伴う条件(退職金の金額など)について、組合を通した交渉で合意に至らず、従業員ら232名(訴訟原告Xらはこのうちの187名)が、一斉に年休取得を申請した事案です。Yが年休の取得を認めなかった(病院の運営に配慮して、従業員らはシフトに基づいて勤務した)ため、年休を取得できなかった損害の賠償を求めました。

 裁判所は、Xらの請求を否定しました。

 

1.配慮義務

 Xらは、Yが、年休取得できるようにすべき配慮義務に違反した、時季変更権を違法に行使した、などと主張しました。

 これに対して裁判所は、配慮義務違反がない、Yが時季変更権を行使したのではなく、Xらが年休の申請を有効に撤回した、と認定し、Xらの請求を否定しました。

 このうち、配慮義務については、JR東海の新幹線乗務員の年休取得に関する一連の訴訟などで、年休の取得に関して議論が進んでおり、特に、「JR東海(年休)事件」(東京地判R5.3.27労判1288.18、読本2024年版248)では、代替要員が十分確保されていない(したがって、従業員が年休を希望通りに取得するのが難しい)ことから、会社の義務違反があったと判断しています。

 この厳しい判断に比較すれば、本判決は、「できる限り労働者が指定した時季に年休を取得することができるようにするものにとどまり、これを超えて、使用者が全ての労働者に対して年休全てを取得させるような具体的な措置を講ずる義務を負っていたと解することはできない。」と判断しており、具体的な措置義務自体を否定しているように見えますから、非常に緩やかな判断と評価できるでしょう。

 労基法39条1項の「有給休暇を与えなければならない。」という言葉の具体的な内容について、今後の動向が注目されます。

 

2.法律構成

 また、後者の法律構成の違いについては、一斉に年休取得を認めると病院の運営が成り立たない状況で、各上長が年休申請に対する承認印を押さなかった、という行為の、法律的な意味の評価の問題と整理できます。

 Xらが、この行為を時季変更権の行使、と整理・主張したのは、労基法39条5項の規定が適用されれば、時季変更権を行使できる状況にあること、すなわち「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」であることをYが主張立証しなければならず、Yの側の負担が大きくなると考えたからでしょうか。

 また、結果的に、Xらがシフトに従って勤務したことをもって、年休取得申請の撤回、と整理しており、理論的に考えれば、承認印を押さなかったY(各上長)の行為が時季変更権の行使かどうかと関係がないようにも見えますが、なぜ、時季変更権の行使かそうでないのかが問題にされたのでしょうか。仮に時季変更権の行使だったとなると、Xらの行為に対するYの行為が存在することになり、Yの立場も考慮しなければならなくなるため、撤回できなくなってしまう、したがって、Yの行為(時季変更権の行使)が無かった、と整理する必要がある、という趣旨でしょうか。少し技術的・理念的に過ぎ、本当に時季変更権の行使かどうかを議論する必要があったのかどうか、疑問の余地があるでしょう。

 

3.実務上のポイント

 JR東海の事件などで議論されているような、言わば平時の年休取得の問題と、経営が変わるという緊急時の年休取得の問題と、状況が異なるので、ルールそのものが違うべきかもしれませんし、あるいは、ルールは同じだが、ルールに適用すべき事実の評価が異なる、という問題かもしれません。

 年休に関する議論が盛んになってきましたが、本判決については、その位置づけや特徴にも配慮した議論がされる必要があるでしょう。

 

https://youtu.be/vw7V9ER0LCY

 

今日の労働判例

【MSD事件】(東京地判R3.10.27労判1309.89)

 

 この事案は、企業年金の統合が行われた会社Yの従業員Xが、企業年金の統合が無効であるとして、統合前の企業年金の規定が適用されることの確認を求めた事案です。

 裁判所は、そもそもこのような訴訟自体、提起できない違法なものであるとして、「却下」しました。請求の中身について否定(棄却)したのではなく、裁判所が判断すべき事案ではない、という意味で、いわば門前払いになります。

 

1.理論構成

 裁判は、紛争解決のツールとして、国家権力による強制力(例えば、判決に基づいて強制執行できる場合があります)を伴う判断ができますので、非常に強力です。

 けれども、法的な解決ができないのであれば、この強力なツールを使うべきではなく(社会的コストなど)、法的なトラブルに限って裁判を利用することができます。

 本事案では、Xが実際に企業年金を受け取るのは将来の話であり、将来は、法的な(権利関係に関する)紛争になります(年金を権利として請求することになるからです)が、現時点で、法的な紛争と言える(訴訟適格がある)のかどうか、が問題になりました。

 そこで裁判所は、以下のような理由から、Xの請求を否定しました。

① 原則論

 Xの請求は、将来の権利であって現在の権利ではない。仮に、条件が成就した場合に請求可能な条件付き権利である(したがって現在の権利である)としても、規則が変更される可能性などがあり、現時点で訴訟によりその内容を確定するのに適さない。

 すなわち、例外的に訴訟可能とすべき「特段の事情」が認められず、訴訟は認められない、としました。

② 積立義務

 Xは、将来の給付を確実にするために年金を積み立てる義務があるのだから、現時点での法的な問題であると主張しました。

 しかし裁判所は、年金の基金に具体的な不安が生じているわけではなく、将来の給付を確実にするための訴訟は認められない、としました。

 この点の裁判所の理由付けは、どこか議論がかみ合っていないようにも思われますが、どのように感じますか?

③ 現在の地位

 Xは、規約変更によりXの現在の権利・地位が不安定になった、と主張しました。

 しかし裁判所は、実際にXに受給権が発生した時点で争うことが可能、としました。

 この点も、法的な地位を問題にしているのに、権利の有無の問題として整理されており、②と同様の議論のずれがあるようにも思われます。

④ 重大性

 Xは、不安定・不明確な状態を解消する、重大性を主張しました。

 しかし裁判所は、そのような重大性はない、という趣旨の判断をしました。

 

 以上のように、どの年金基金に帰属するのか、という地位の問題というよりも、実際に請求できる年金の内容の問題と整理することにより、Xの請求を否定した、と整理できそうです。

 

2.実務上のポイント

 現時点で具体的な権利主張が予定されていなくても、将来的な権利や現在の義務をまとめた法的地位が観念されることがあります。例えば、Aに帰属する地位ではなく、Bに帰属する地位を確認したい場合もあるでしょうが、本判決の議論によれば、それが現実の請求権や権利主張の差を現時点で伴わない限り、訴訟でBの地位にあることを確認することが難しくなってしまいます。

 例えば、本事案では年金受給権の側に光が当てられましたが、積み立てる保険料の金額が、統合前と統合後で違った場合にはどうでしょうか。統合によって保険料が上がってしまった、違法な統合だから、従前の保険料しか払わない、という法律構成になれば、訴訟適格が認められ、紛争の中身に関する検討がされたのでしょうか。

 裁判所が忙しいのかもしれませんが、法律問題を裁判所が解決することは、法治国家の基本です。訴訟適格の問題は、今後も注目されるべき問題です。

 

https://youtu.be/wrh4gTQwRmc

 

今日の労働判例

【広島県・県労委(特定非営利活動法人エス・アイ・エヌ)事件】(広島高判R5.11.17労判1309.69)

 

 この事案は、労働組合Kの組合員・従業員ABを会社Xが解雇したことが、労働委員会Yによって不当労働行為と認定し、救済命令を発したため、この救済命令の取り消しを求めて訴訟を提起した事案です。

 一審二審、いずれも、Xの請求を認めました。

 

1.判断枠組み

 特徴的なのは、通勤手当を不正受給していたAの解雇の合理性に関する判断です。

 すなわち、①不当労働行為が成立するためには「反組合的な意思又は動機」が必要である、という前提を確認したうえで、②「解雇が合理性や相当性を欠くことが明らかな場合」(この場合には、反組合的な意思又は動機が推認される)、①直接、「反組合的な意思又は動機」がある場合、に該当するかどうかを検討しています。

 ②は、一種の立証責任の転換ですが、①の代わりに②だけが立証方法になるのではなく、本来の①も立証方法になります(つまり、①→②、となるのではなく、①→①+②になり、立証方法の選択肢が広がることになります)。本判決での立証責任の転換は、Yにとって有利に適用されるものであり、Xの側が②だけでなく①についても、自らの主張を認めてもらわなければなりません。実際、裁判所は②と①両方について、Xの主張を認めることによって、Xの請求を認めました。

 つまり、Yにとって有利な立証責任の転換があったために、Xの主張が認められるためのハードルが高くなったのですが、それでもXの主張が認められたのです。

 

2.実務上のポイント

 ②については、Aの解雇が合理的・相当である、というレベルではなく、それより下の、「解雇が合理性や相当性を欠くことが明らかな場合」というレベルに設定されていますが、実際には、解雇の合理性・相当性がかなり慎重に検討されています。Xから見た場合、実際にはハードルが上がっている、と言えるでしょう。

 他方、①については、ABの組合活動を歓迎していない様子が認定されたものの、それでも違法なレベルではない、という判断をしており、Xから見た場合、実際にはハードルが下がっている、と言えるかもしれません。

 単に組合活動を歓迎していないだけでなく、そこにABの不正行為などが絡んできた事案であって、複雑な判断が必要となる事案だからこそですが、複数の要因を考慮すべき事案でどのように検討されるのかをかが得る際、参考になるでしょう。