今日の労働判例

【近畿車両事件】(大阪地判R3.1.29労判1299.64)

 

 この事案は、業務指示への不服従、無断欠勤、仕事への不満の表明・公言、挑発的な言動など、問題のある言動を長期間繰り返してきた従業員Xに対する会社Yの解雇処分の有効性が争われた事案です。

 裁判所は、これを無効とするXの主張を全て否定し、解雇を有効としました。

 

1.Xの言動の整理

 裁判所は、数多くあるXの問題言動を、以下のように整理しました。

① グループウェアへの書き込み

 XはH20.12.1にYに入社しましたが、H25.6からH26.5にかけて、スケジュール共有などを行うグループウェア上に、Yへの「反抗の態度や勤務意欲の欠如を示す書き込み」を行った、これは「グループウェアの使用目的からすれば、(Yの)業務に支障を生じさせかねない」と評価され、3度の注意(文書)でも反省・改善がなく、反発する態度だったことから、H27.1.15に譴責(懲戒)とされた、と認定されました。

 何が、「グループウェアの使用目的」に照らして「業務に支障」を生じさせる書き込みだったか、という点が、事実認定・評価の参考になるところです。

 具体的には、以下のような書き込みが認定されました。

・ 寝坊しなければ出勤

・ 帰省、関東で就活

・ 会社に来たくないから休み

・ 交通費不足の為出勤不可。欠勤

・ 出勤 仕事が嫌いでさっさと帰る

・ ある上司が嫌いなので、一人ストライキ

・ 就活 近車のような残虐非道でないところを探す。

・ 交通費節約の為、有給(普通の会社は休み近車はくるっている)

・ 欠勤?出勤?

 これでは、注意されて当然です。

 その後、YとXは、注意書(Y)→不服従の表明(X)→警告書(Y)→反省文命令(Y)→反省文(X)・抗議文(X)→譴責処分(Y)→配置転換(Y)というやり取りを行いました。

 特に、Xの反省文・抗議文は、「反省する事はまったくございません。建前上の反省文を提出致します。」と明言(反省文)のうえ、「(今後の反省文提出命令は)反省文提出の強要と受け止めさせて頂きます」と明言(抗議文)しており、反省・改善の欠如と反発の態度は明らかです。

 これら事実から、Xに反省・改善がなく、反発の態度があったことは明らかでしょうが、問題は、何が、「グループウェアの使用目的」に照らして「業務に支障」を生じさせる書き込みだったか、という点です。

 というのも、他の従業員に不快感を与えることがあったとしても、上記書き込みの影響を受けて何か業務が遅延したり、ミスしたりした、というわけではなく、「業務に支障」が無かった、と評価される余地もあるからです。

 この点、裁判所は「グループウェアの使用目的」だけを指摘しています。実際の業務への悪影響を問題にしているのではなく、グループウェアを通して実現・獲得されるべきものが失われ、害された、ということでしょう。このように見ると、グループウェアで従業員同士がスケジュールを共有するなど、コミュニケーションを円滑にすることが目的であるのに、上記のような書き込みがあると、Xとのコミュニケーションを躊躇したり、Xのスケジュールを確認できなくなったり、さらにはXとの共同作業や分担作業を進められなくなったりするでしょう。

 このような意味で、「グループウェアの使用目的」に照らした業務上の支障が認定されたのだ、と考えられます。

 実際、判決の別の部分では、Yに「何らかの重大な損害、影響又は支障が生じた事実は存在(しない)」とするXの主張に対して、裁判所は、「経済的損害は直ちに明らかでない」としつつ、「円滑な業務遂行の妨げ」「士気に対する悪影響」など、「業務に相応の支障を生じさせた」「容易に推認される」と判断しています。

 会社が従業員に厳しい処分を下す場合の合理性について、当該従業員の言動が実際に会社業務に悪影響を与えていたかどうかが問題にされることが、非常に多く見かけられます。その中で、会社にとって厳しい裁判例では、何か具体的な業務遅延やミスが発生したことを問題にするものがあります(このような考え方によれば、本事案では逆の評価になったでしょう)。

 しかし、本裁判例は、「相応の支障」が「推認」される程度でも、懲戒処分の合理性を裏付けることを明言しています。このように、具体的な業務遅延やミスまで要求・認定しない場合もあること、それがどのような場合なのか、について参考になる判断です。

 

② 奇抜な言動

 次は、Xの次のような奇抜な言動です。

・ 部内スピーチで勤労意欲の無いことを表明

・ H27.10からH28.3、職場でパンダの縫いぐるみや被り物を着用

・ H29.7からH31.3、仮入門証、定期健康診断問診票、扶養控除等申告書、年次休暇届等に異様な記載(例えば、扶養親族欄に「甲野パンダ」「甲野ラスカル」と記載、休暇理由欄に「会社に行こうとすると死にたくなってきた為」と記載)

 

③ 業務指示違反など

 さらに、人事考課に不満を持ち、以下のような言動に至りました。

・ 勤労意欲の喪失の明言

・ 業務指示無視

・ 軽微なミスと不自然・不合理な言い訳

 

 数多くのXの問題ある言動をこのように整理したうえで、裁判所は、Xについて、「客観的にみても、原告によって本来の担当業務が正常に遂行・継続されることは、もはや期待し難い状態」と認定しました。Xの労務提供債務について法的に見ると、債務不履行の中でも、特にその程度が重い「履行不能」状態にある、と評価したのでしょう。

 まともに働くことが期待できない状態、すなわち履行不能状態が、どのような場合に認定されるのか、という点で参考になります。特に、実際にYの指示やXの業務のどれにどのように違反したのか、という違反事実(客観面)よりも、Xの反抗的な言動によって示された、勤労意欲の喪失(主観面)が重視されており、従前、ともすれば客観面での事実・証拠がなければ解雇が難しいように思われていた点について、主観面を中心に解雇の有効性を認めている点が、注目される点です。

 

2.プロセス

 Xは、解雇プロセスの不合理性を問題にしていますが、裁判所はXの主張を否定しました。

 すなわち、Xは適応障害に発症していたのに、それに配慮せず、精神科医の受診を命じることなく、休職を検討せず、解雇したのが不当、と主張しました。

 裁判所は、そもそも適応障害は解雇後1年以上経って診断されたもので、就業中から発症していたと認定できない(医学的証拠がない)、Xが奇異な言動をする度に、産業医面談をさせ、産業医はXに精神科医の紹介・カウンセリングを勧めてきたのに、Xが断ってきたこと、を認定し、精神科医の受診命令や休職の検討をしなかったことを、不合理ではない、としました。

 Yも相当、Xに機会を与えていますが、精神科医の受診や休職を命じるところまでは踏み込んでいません。事案の状況に応じて総合的に判断されることですが、プロセスとしてどこまで踏み込むべきか、参考になる点です。

 

3.実務上のポイント

 さらに、反省の色が見えないことから、Xに対し、Yの安全作業心得を筆写させたことがあり、それが不法行為であるという主張もされました。

 しかし裁判所は、この点もXの主張を否定しました。

 会社の規則を筆写させる、という指示は、裁判例の中ではあまり見かけませんが、本事案のように、従業員の主観的な事情が大きな問題となっている場合に、その従業員の勤労意欲や意識を再確認させる方法として、不合理とまでは言えない、という評価がされたと言えます。

 筆写という方法を実際に採用するかどうかはともかくとして、従業員の主観的な事情が問題になっている事案への対応の際に、どのようにその主観的な事情の改善・矯正を図るべきなのか、考えるきっかけになる点でしょう。