今日の労働判例

【明治安田生命保険事件】(東京地判R5.2.8労判1327.97)

 

 この事案は、保険会社Yとの間でアドバイザー見習い契約を締結していたXが、MYライフプランアドバイザーとなれなかったことが違法である、として争った事案です。

 裁判所は、Xの請求を否定しました。

 

1.無期契約か有期契約か

 Xは、見習契約について、無期契約が締結されたと主張しました。それは、Xの力量を見極めるのが見習契約であり、試用期間として評価し、扱うべきである、そうでないと試用期間について積み重ねられてきた判例法理の潜脱になる、というものです。

 これに対して裁判所は、見習契約の期間が明確に定められている(第I期間は1か月、第II期間は3か月)こと、労働者の適性を把握するために有期契約を締結すること自体は許容されていること、の2点から、Xの主張を否定しました。

 非常に簡単にXの主張が否定されていますが、それだけ様々な雇用形態が認められている、ということでしょうか。

 

2.更新拒絶の合理性

 さらに労契法19条の適用についても、裁判所は否定しました。

 Xは、1回更新されていることなどを理由に更新の期待が有ると主張しましたが、更新回数の上限が明記されていたこと、見習契約とMYライフプランアドバイザーの契約は、有期契約と無期契約であって「まったく別の契約である」から、新たな契約の締結であって「更新」ではないこと、を根拠に更新の期待がないとしました。

 さらに、雇止めの合理性については、Xが「このセンターはおかしい」と言いながら床にカバンを落としたことと、Xがメンタルになって3か月間休養したこと(業務遂行に耐えられない)の2点を根拠に、これを肯定しました。採用基準を満たさない、という評価です。

 ここでも比較的簡単にXの主張が否定されています。

 

3.実務上のポイント

 同様に、従業員の適性を見極めて本採用しなかったことの合理性が議論された事案(合理性肯定)として、例えば「ドコモ・サポート事件」(東京高判R3.6.16労判1315.85読本25.83)では、かなり詳細に、しかも多様な論点を議論しています。ドコモ・サポート事件での会社の制度の方が、ここでのYの制度よりも手が込んでおり(例えば、有期契約期間が5年と長く、その間に所定の試験に合格した場合だけ本採用する、など)、論点も多くなります。

 採用した従業員の能力や適性を見極めるための制度も、その際にどのような法律上の問題が生じるのかという点も、それぞれ多様ですので、従業員の適性を見極めるための制度を検討する場合には、本判決だけでなく、ドコモ・サポート事件の判決や、試用期間に関する裁判例なども参考にしましょう。

 

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今日の労働判例

【中倉陸運事件】(大阪高判R6.1.19労判1327.92)

 

 この事案は、障害者等級3級の従業員Xが、障害者手帳を入社後に会社Yに示したところ、退職勧奨され、退職した(Xは、解雇された、とも主張している)事案です。

 2審も1審(「中倉陸運事件」京都地判R5.3.9労判1297.124読本25.100)と同じく、合意退職が有効であるとしつつ、Yに、Xへの慰謝料80万円の支払いを命じました。

 

1.実務上のポイント

 障害者であっても、納得して退職したことが証明されれば、退職自体は有効であり、しかし配慮が足りなければ、慰謝料の支払いが命じられる、という判断が示されました。2審では1審以上に、退職が真意に基づくかどうかを慎重に検討しています(Xが2審で追加主張した点についても判断を示しています)。

 障害者Xに対する会社の働きかけが、この2つの論点に共通する問題であり、トラブルの出発点ですが、任意での退職かどうか、という観点と、配慮として適切かどうか、という観点は、評価する視点が異なるため、反対の結論になりました。

 両者で違法性のレベルが違う、という整理ができるかもしれませんが、退職制度と損害賠償制度では評価の視点が異なるので、どちらの方が違法性の程度が高いのか、という観点とは違うと整理すべきでしょう。制度に応じて違法性が検討される具体例として、参考になる事案です。

 

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今日の労働判例

【K’s エステート事件】(東京高判R6.12.24労判1327.73)

 

 この事案は、従業員Xの解雇を会社Yが撤回したにもかかわらずXが職場復帰しなかったなどとして、Yが給与を支給しなかったため、Xが給与の支給などを求めた事案です。

 1審はXの請求を全て否定しましたが、2審はXの請求をかなり広く認めました。

 なお、2審ではYが、Xに関して負担した社会保険料の支払いをXに請求しましたが、裁判所はこれも認めました。

 

1.2審のポイント

 Xが職場復帰しなかったことを理由としてYが給与を支払わなかったことの合理性が問題ですから、Xが職場復帰しなかったことが合理的かどうかが問題の中心となります。

 2審は、撤回したとはいえYがXを解雇したこと、その解雇は合理性がなく、そもそも無効であったこと、したがってYの方からXとの信頼関係を破壊したと評価できること、したがって単に解雇を撤回するだけではYによる受領拒絶状態は解消されないこと、を前提に、Yの帰責事由による不就労かどうかを判断する、としました。

 これは、民法536条2項の適用の有無を問題にする、というものでしょう。すなわち、XY間の2つの債権債務、すなわちXの働く債務と、Yの給与を支払う債務の関係が問題になります。そして、ノーワークノーペイが原則ですから、Xの働く債務が履行されない事態であれば、Yの給与支払債務も履行されなくてもよいとなるのですが、問題は例外ルールです。すなわち民法536条2項は、ここでのYに帰責事由があれば、たとえXが働く債務を履行していなくても、Yの給与支払債務は履行しなければならないことになるのです。

 そして2審は、諸事情を総合的に考慮して、一部についてYの帰責性を認め、給与支払債務の履行を命じました。

 そうすると、Yの帰責性を認めた部分と否定した部分の違いが問題になります。そして両者の境界は、YがXの質問などに答える形で、復帰後の勤務場所を本店にしたことは拠点としての重要性が高いからであることの説明や、歩合給の横取りなどXが問題視する事象やハラスメントについて、Xが指摘すればYが調査することなどの通知です。この通知後は、帰責性がない、したがってこの通知後の給与支払債務は履行しなくてもよい、ということになるのです。

 これに対して通知前は、解雇や解雇の撤回に至る経緯が大きく影響しています。すなわち裁判所は、「本件解雇前、B店で勤務していたものであり、前記(2)のとおり、対立状態にあったY代表者から、一方的に給与の減額を告げられたり、退職勧奨を受けたりした後、これを拒むと、本件解雇をされたという経緯からすると」就労条件や職場環境などが明らかになるまで就労拒否するのは「相応の理由がある」としました。

 両者を通してみると、Yの方が信頼関係を大きく損ねたため、就労拒否も止むを得ない(Yに帰責性があるので給与支払義務がある)が、通知によってこれを修復したため、その後の就労拒否は理由がない(Yに帰責性がないので給与支払義務が無い)、ということになります。

 構造としては理解できますが、両者の境界となる上記通知が、信頼関係を修復するほど親切なものと言えるのかどうか、逆に言うとこの程度で修復される信頼関係であれば、Yに帰責性があると言えるほど信頼関係が破壊されていたと評価できるのか、など、評価の問題として議論すべき点が残されているように思われます。

 

2.実務上のポイント

 別の論点ですが、Yは給与制度を変更し、Xらにその同意を求め、新たに契約を締結ました。これは、営業成績の影響がより大きくなる制度であり、よりハイリスクハイリターンとなります。

 裁判所は、この新制度への同意について、真意でないとして有効性を否定しました。

 例えば給与制度の変更に関し、成果主義を導入する場合などに、その場合もハイリスクハイリターンな制度への変更となりますが、その合理性を認める裁判例も見かけます。そこでは、自分の努力などでそれまで以上の給与を得ることも可能だから、という説明がされることがあります。例えば「東京商工会議所(給与規定変更)事件」(東京地判H29.5.8労判1187.70)が、成果主義の要素を取り入れる制度変更について、合理性を認めています。

 金額ベースだけでなく、給与の変動幅なども考慮して合理性を検討する本判決の評価方法が、これまでの裁判例での評価方法とどのような関係にあるのか、検討すべき問題でしょう。

 

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