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今日の労働判例
【アドバンスコンサル行政書士事務所】(横浜地判R6.4.25労判1319.104)
この事案は、「技人国ビザ」(技術・人文知識・国際業務の在留資格)を取得するまでは時給制のアルバイト、技人国ビザ取得後は月給制の契約社員として、行政書士Yの事務所で働く約束をしたフィリピン人女性Xが、Yに対して、YがXのパスポートを管理し、返還しなかったことによる損害賠償や、未払賃金等の支払いを求め、他方、YがXに対して、報道機関での報道や記者会見でYの名誉を侵害したことによる損害賠償や、携帯電話の使用・秘密保持など、XY間で交わした契約に違反したことによる損害賠償などを求めた事案です。
裁判所は、XYそれぞれの請求の一部を認めました。
1.パスポートの管理
注目されるポイントの1つは、パスポートの管理について、ルールが示された点です。
すなわち、厚労省の指針「外国人労働者の雇用管理の改善などに関して事業者が適切に対処するための指針」の中の規定「事業主は外国人労働者の旅券、在留カード等を保管しないようにすること」に基づいて、以下のようなルールを示しました。
①自発的な自由意思に基づくこと、②返還の求めに直ちに応じて返還すること(条件を付したり、許可制にしたりすることはできない)、が条件となっているのです。
その理由として、移動の自由を制限し、公序良俗に反すること、(本事案のように)Yに契約内容を履行させるためにパスポートを保管することは、労基法5条(身体の自由を不当に拘束する強制労働の禁止)に反すること、を指摘しています。
行政機関が示した指針には法的な効力はありませんが、契約の意思解釈や公序良俗違反の判断の際に考慮される、と位置付けています。
そして裁判所は、XY間の取り決めで返還が許可制となっていることから、パスポートの管理と返還しなかったことが違法である、と判断しました。
Xが転職できなかったことが、パスポートを返還されていなかったことを原因とするとは言えないとして、転職機会を失った分の損害賠償は否定しましたが、パスポートの再取得費用と、慰謝料として20万円について、Yの責任を認めました。
ここで示された①②のルールが、今後一般的なルールとなるかどうか、今後の動向が注目されます。指針がルールの基礎となりうるのか、という問題がある一方で、指針が保管全てを否定するかのような規程になっているのに、返還さえすれば保管しても良い、という意味でこれを緩和させており、そのように緩和させるのはなぜか、という点も問題になるでしょう。
外国人を雇用する機会が増えていますが、パスポートを預かる運用について、その規定や運用を再確認する機会です。
2.給与などの未払い
ここで注目されるポイントは、給与については、試用期間中の月給の規定があるが、試用期間の始期終期が定められておらず効力がないと判断し、交通費については、交通費を支給する規定はないものの、交通費を実際に負担したことがあるし、Xの業務に移動が伴うこと(例えば営業先へ実際に訪問する、など)から、支給する合意があった、と認定した点です。
いずれも、XY間で合意した契約書の文言を修正しています。契約書の記載について、その背景も含めて合理性を検証するべきでしょう。
3.名誉棄損等
本事案では、❶報道機関にXがYの名誉を棄損する報道をさせた、❷Y自身が記者会見でYの名誉を棄損した、❸Yの名誉を棄損するビラをYの近隣に配布した、という3つの類型が問題になりました。
このうち❷では、6つの具体的な発言について、それぞれ、名誉棄損する(Yの社会的評価を低下させる)かどうか、次にこれに該当するものについて、合理性がある・違法性が阻却される(真実性の有無、公共性・公益目的の有無)かどうか、を検討しています。詳細は実際に判決文を確認していただきたいところですが、例えばパスポートが「永久に」保管される、「異常」、転職が困難になる、などの発言について、Yが異常な管理をしていた印象を与える、しかし(多少誇張があっても)真実であり、自分のためにパスポートを取り戻すだけでなく、同じような環境にある外国人のために問題提起する、という公共性・公益目的がある、と判断しています。Yの人格を非難したり、明らかな嘘を言わなかったりしなかったことが、名誉棄損の責任が否定された大きなポイントと言えるでしょう。
また、❶については、報道機関の報道内容をXがコントロールできなかったこと、❸については、組合活動としての合理性が問題になったこと、に固有の問題がありますが、❶については、特に問題のある報道については❷の判断を引用して合理性を認めており、❸については、権利侵害の有無と、合理性の有無という段階を経て判断しており、❷と同様の構造で、判断しています。特に❸では、合理性の判断の際に用いる用語が異なります(公共性・公益目的ではなく、表現活動の目的・態様・影響、等)が、その内容はほぼ同じです。❶❸でYの責任が否定されたポイントも、❷と同様と言えるでしょう。
3つの類型での判断構造の違いを理解するとともに、逆に、いずれの観点からも違法とされなかった、3つの類型に共通するポイントについても、理解してください。
4.契約に基づく請求
YのXに対するその他の請求は、いずれもXY間の契約に基づくものです。すなわち、貸与した携帯を返還しない場合の違約金、秘密漏洩した場合の違約金、労務提供義務(技人国ビザ取得後は契約社員として働く、という約束に基づく義務)、成功報酬の支払義務(技人国ビザが取得できれば40万円を支払うという約束に基づく義務)、です。
このうち、労務提供義務については、Xが働かなくてもYに損害はなかった(証明できなかった)ことを根拠とします。
これに対して、携帯の不返還の違約金については、1日1万円とあるのを、総額10万円と限定解釈しました。秘密漏洩の違約金については、上記❶~❸のように違法な名誉棄損がないことを根拠に、否定しました。成功報酬については、行政書士の報酬の上限が10万であることなどから、成功報酬の規定の趣旨は、Yが約束に反して早期退職した場合などの違約金であると解釈したうえで、それは労基法16条(損害賠償の予定の禁止)に違反するので無効、としました。
後者の3つについては、いずれも契約の文言を修正・制限したり、無効としたりするものです。上記2と同様、契約の規定の合理性を確認すべきことが示された、と言えるでしょう。
5.実務上のポイント
外国人を雇用する際に問題となる多くの問題が議論されており、参考になる裁判例です。