https://youtu.be/vw7V9ER0LCY

 

今日の労働判例

【MSD事件】(東京地判R3.10.27労判1309.89)

 

 この事案は、企業年金の統合が行われた会社Yの従業員Xが、企業年金の統合が無効であるとして、統合前の企業年金の規定が適用されることの確認を求めた事案です。

 裁判所は、そもそもこのような訴訟自体、提起できない違法なものであるとして、「却下」しました。請求の中身について否定(棄却)したのではなく、裁判所が判断すべき事案ではない、という意味で、いわば門前払いになります。

 

1.理論構成

 裁判は、紛争解決のツールとして、国家権力による強制力(例えば、判決に基づいて強制執行できる場合があります)を伴う判断ができますので、非常に強力です。

 けれども、法的な解決ができないのであれば、この強力なツールを使うべきではなく(社会的コストなど)、法的なトラブルに限って裁判を利用することができます。

 本事案では、Xが実際に企業年金を受け取るのは将来の話であり、将来は、法的な(権利関係に関する)紛争になります(年金を権利として請求することになるからです)が、現時点で、法的な紛争と言える(訴訟適格がある)のかどうか、が問題になりました。

 そこで裁判所は、以下のような理由から、Xの請求を否定しました。

① 原則論

 Xの請求は、将来の権利であって現在の権利ではない。仮に、条件が成就した場合に請求可能な条件付き権利である(したがって現在の権利である)としても、規則が変更される可能性などがあり、現時点で訴訟によりその内容を確定するのに適さない。

 すなわち、例外的に訴訟可能とすべき「特段の事情」が認められず、訴訟は認められない、としました。

② 積立義務

 Xは、将来の給付を確実にするために年金を積み立てる義務があるのだから、現時点での法的な問題であると主張しました。

 しかし裁判所は、年金の基金に具体的な不安が生じているわけではなく、将来の給付を確実にするための訴訟は認められない、としました。

 この点の裁判所の理由付けは、どこか議論がかみ合っていないようにも思われますが、どのように感じますか?

③ 現在の地位

 Xは、規約変更によりXの現在の権利・地位が不安定になった、と主張しました。

 しかし裁判所は、実際にXに受給権が発生した時点で争うことが可能、としました。

 この点も、法的な地位を問題にしているのに、権利の有無の問題として整理されており、②と同様の議論のずれがあるようにも思われます。

④ 重大性

 Xは、不安定・不明確な状態を解消する、重大性を主張しました。

 しかし裁判所は、そのような重大性はない、という趣旨の判断をしました。

 

 以上のように、どの年金基金に帰属するのか、という地位の問題というよりも、実際に請求できる年金の内容の問題と整理することにより、Xの請求を否定した、と整理できそうです。

 

2.実務上のポイント

 現時点で具体的な権利主張が予定されていなくても、将来的な権利や現在の義務をまとめた法的地位が観念されることがあります。例えば、Aに帰属する地位ではなく、Bに帰属する地位を確認したい場合もあるでしょうが、本判決の議論によれば、それが現実の請求権や権利主張の差を現時点で伴わない限り、訴訟でBの地位にあることを確認することが難しくなってしまいます。

 例えば、本事案では年金受給権の側に光が当てられましたが、積み立てる保険料の金額が、統合前と統合後で違った場合にはどうでしょうか。統合によって保険料が上がってしまった、違法な統合だから、従前の保険料しか払わない、という法律構成になれば、訴訟適格が認められ、紛争の中身に関する検討がされたのでしょうか。

 裁判所が忙しいのかもしれませんが、法律問題を裁判所が解決することは、法治国家の基本です。訴訟適格の問題は、今後も注目されるべき問題です。

 

https://youtu.be/wrh4gTQwRmc

 

今日の労働判例

【広島県・県労委(特定非営利活動法人エス・アイ・エヌ)事件】(広島高判R5.11.17労判1309.69)

 

 この事案は、労働組合Kの組合員・従業員ABを会社Xが解雇したことが、労働委員会Yによって不当労働行為と認定し、救済命令を発したため、この救済命令の取り消しを求めて訴訟を提起した事案です。

 一審二審、いずれも、Xの請求を認めました。

 

1.判断枠組み

 特徴的なのは、通勤手当を不正受給していたAの解雇の合理性に関する判断です。

 すなわち、①不当労働行為が成立するためには「反組合的な意思又は動機」が必要である、という前提を確認したうえで、②「解雇が合理性や相当性を欠くことが明らかな場合」(この場合には、反組合的な意思又は動機が推認される)、①直接、「反組合的な意思又は動機」がある場合、に該当するかどうかを検討しています。

 ②は、一種の立証責任の転換ですが、①の代わりに②だけが立証方法になるのではなく、本来の①も立証方法になります(つまり、①→②、となるのではなく、①→①+②になり、立証方法の選択肢が広がることになります)。本判決での立証責任の転換は、Yにとって有利に適用されるものであり、Xの側が②だけでなく①についても、自らの主張を認めてもらわなければなりません。実際、裁判所は②と①両方について、Xの主張を認めることによって、Xの請求を認めました。

 つまり、Yにとって有利な立証責任の転換があったために、Xの主張が認められるためのハードルが高くなったのですが、それでもXの主張が認められたのです。

 

2.実務上のポイント

 ②については、Aの解雇が合理的・相当である、というレベルではなく、それより下の、「解雇が合理性や相当性を欠くことが明らかな場合」というレベルに設定されていますが、実際には、解雇の合理性・相当性がかなり慎重に検討されています。Xから見た場合、実際にはハードルが上がっている、と言えるでしょう。

 他方、①については、ABの組合活動を歓迎していない様子が認定されたものの、それでも違法なレベルではない、という判断をしており、Xから見た場合、実際にはハードルが下がっている、と言えるかもしれません。

 単に組合活動を歓迎していないだけでなく、そこにABの不正行為などが絡んできた事案であって、複雑な判断が必要となる事案だからこそですが、複数の要因を考慮すべき事案でどのように検討されるのかをかが得る際、参考になるでしょう。

 

https://youtu.be/XN0NMNR6_70

 

今日の労働判例

【協同組合グローブほか事件】(最三小判R6.4.16労判1309.5)

 

 この事案は、外国人技能実習制度上の管理団体となっているY組合に勤務していた者Xが、Yに対し、未払賃金の支払いなどを求めた事案です。論点は多数に及びます(例えば、記者会見がYに対する名誉棄損に該当するか、など)が、最高裁は、その中でも事業場外勤務としてみなし労働時間制度が適用されるかどうか、という論点について、2審の判断を否定し、再審理させるために事件を差し戻しましたので、その点を検討します。

 

1.判断枠組み

 労基法の規定を確認しましょう。太字傍線白丸数字は、私が挿入しました。

 

第三十八条の二

 労働者が労働時間の全部又は一部について①事業場外で業務に従事した場合において、②労働時間を算定し難いときは、③所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。

2 前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。

3 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。

 

 ここで特に問題になったのは、②労働時間を算定し難いとき、の判断です。

 まず、この②の解釈方法については、一審二審と最高裁の違いはなさそうです。

 すなわち、一審二審は、②について、「阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件」(最二小判H26.1.24労判1088.5)を引用し、「業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときはその方法・内容や実施の態様・状況等を総合して、使用者において労働者が労働に従事した時間を把握することができるかどうかとの観点から判断する」としましたが、最高裁はこの点について、何も異論を示していないからです。

 けれども、これに基づく具体的な評価について、最高裁は一審二審の判断を否定しました。

 すなわち、まず最高裁は一審二審の判断を、次のように整理しました。それは、❶業務日報によって業務の遂行の状況等につき報告を受けていること、❷その記載内容をYが確認でき、ある程度の正確性が担保されていること、❸実際、Yも業務日報の記載に基づいて残業手当を支払う場合もあり、業務日報の正確性を前提としていたこと、を理由に、②労働時間を算定し難いときに該当しない、という判断をした、と位置付けたのです。

 これに対して最高裁は、❹Xの業務が多様(訪問指導、送迎、通訳等)であり、休憩時間を設定する時間帯も自由に決定していたから、Xの勤務の状況を具体的に把握することは困難だった、❷‘現実的に業務状況を他社に確認できるかどうか明らかでなく、❸’業務日報の記載だけで残業代を支払っていたわけではなさそう(Yの主張を検証していない)である、という理由で、「業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視」した判断であり、違法、としました。

 ところで、阪急トラベルサポート事件では、旅程が先に定まっていたことも重要なポイントとされています。すなわち、同じ業務日報であっても、阪急トラベルサポート事件の場合には、既に詳細に定められていた旅程が実際に消化されたかどうかを事後的に検証するものであり、副次的なものと評価できそうですが、本事案では、Xが自由に定めるスケジュールの内容が、業務報告によって初めて明確になるのであって、業務日報が重要な位置を占めます。

 けれども、業務日報の事後報告だけで②労働時間を算定し難いときに該当しない、と言い切っているわけではないので、業務日報だけでも②に該当する可能性が残されています。

 このような状況から、最高裁は、(根拠となる資料の種類を問わず)阪急トラベルサポート事件と同程度のレベルで業務内容を特定できれば、②に該当せず、特定できない場合には、②に該当する、という判断を示したように思われます。

 

2.実務上のポイント

 阪急トラベルサポート事件と本事案と比較すると、書類の種類が決定的ではなく、事前にスケジュールが定まっていたのか、そうではないのか、という点に違いがある、という点を強調すれば、②については、例えば、スケジュールや業務内容について、裁量が広ければ、②労働時間を算定できないに該当する、という考え方もあり得るでしょう。

 けれども、この制度の本来の趣旨から考えると、裁量の有無や広さが問題ではありません。

 というのも、例えば直行直帰の業務形態の従業員について、その時間を管理することが現実的でないから、時間管理をしなくてよいようにするための制度と位置付けられますが、そうだとすると、裁量の広さは問題になりません。

 とはいっても、そうすると、業務内容を詳細に把握されるかどうか、という点(すなわち、阪急トラベルサポート事件と本判決が重視する点)も、本来は問題にならないはずです。

 このように掘り下げていくと、業務上外のみなし労働時間制がそもそもどのような制度なのか、という点も視野に入れて、判断枠組みを考えるべきではないか、という指摘もできるでしょう。

 今後の議論の動向が注目されます。