今日の労働判例

【弁護士法人アディーレ法律事務所事件】(東京地判R3.9.16労判1299.57)

 

 この事案は、1か月間の期間限定のセールの広告を4年10カ月も掲載したために消費者庁から措置命令が出され、さらに弁護士会から2か月の業務停止処分を受けた法律事務所Yに勤務していた弁護士Xが、業務停止期間中に給与が一部だけ(休業手当相当分だけ)しか支払われなかったとして、差額の支払いを求めた事案です。

 裁判所は、Xの請求をほぼ認めました。

 

1.休業手当と賃金請求権

 平均賃金の60%である休業手当(労基法26条)を支払えば、会社はそれ以上責任を負わない、と思っている人がいますが、本判決は、必ずしもそうではないことの実例となりました。

 すなわち、仕事ができなくなった(すなわち、労務提供債権・労働債権の履行不能となった)状況ですから、その反対債権である賃金債権も消滅するのか、存続するのか、が問題になります。これを、危険負担の問題と言います。

 危険負担の問題は、民法536条が、そのルールを定めています。

 すなわち、原則ルールは、「当事者双方の責めに帰することができない事由」が原因で、履行不能になったときは、賃金債権が消滅します(「反対給付の履行を拒むことができる」)。

 例外ルールは、「債権者の責めに帰すべき事由」が原因で、履行不能になったときです。この場合は、賃金債権が存続します(「反対給付の履行を拒むことができない」)ので、賃金の請求ができます。減額などされません(但し、利得がある場合は控除されます)。「債権者の責めに帰すべき事由」の意味について、裁判所は、(ここでは)Yの故意・過失・これと信義則上同視すべき事由である、と定義し、とくにYの過失の有無を問題にしました。

 そして、不当な広告をすれば業務停止などの処分があり得ることは、Yが、以前にも不当な広告(25名中1名、着手金無料とする広告)によって弁護士会の調査を受けたことがあるなど、当然に予見できたとして、「債権者の責めに帰すべき事由」に該当すると評価され、Xの請求が認められたのです。

 このように、従業員が働けない「履行不能」な状態を、少なくとも会社の「過失」でひき起こした場合には、最低限の補償と言うべき休業手当の支払いだけでは足りず、給与の全額を支払う必要があるのです。

 

2.実務上のポイント

 コロナ禍での休業の場合に、会社の「過失」があるのか、どのような場合に「過失」があるのか、明確に議論された裁判例は、少なくとも労働判例誌で取り上げていないようですが、休業の際の法律関係を正しく理解するために、本判決は非常に参考になります。

労基法26条との関係について、より踏み込んだ判断を示した「バイボックス・ジャパン事件」(東京地判R3.12.23労判1270.48読本2023年版57)も参考にしてください。

 

 

 

 

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!