私は20代のころ、いろんな悩みを抱えていていつも誰かに会う度に相談に乗ってもらい話を聞いて貰っていました。


自分のコンプレックスや悩みを誰かに聞いてもらうことで安心や共感を得たかったのかもしれません。


そうこうしているうちに、

33歳のある朝起きてしばらく、ぼ~としながら過ごしていると急に過去のいろんな出来事が走馬灯の様に目の前に映像がすごいスピードで流れていきました。


次の瞬間、

今のはなんだったんだ?


私は何故過去の辛かったことや悲しかったことや思い出しなくない様な過去の出来事がいっぺんに目の前に映像が流れていったことが何を意味するのか状況がわからず戸惑っていました。


すると、ハッと突然閃いたかの様に、

今の過去のすべての映像は、そのすべての過去の体験があって今の私がここにこうしているんだ。


つまり、過去の辛い体験や悲しかったことや思い出しなくない体験などは負債ではなく、それらすべてが大切な財産だったことギフトなんだと気づいた。


過去の体験がすべて誰かの役に立つからだ。


無駄な体験なんてないんだと分かった。



それが腑に落ちてから何故か、どこに行っても誰かに会う度に誰かから、いろんな悩みや人生相談の話を聞いてほしいと頼まれるようになりました


相談する側から相談される側に立場が入れ替わり
不思議と相談される度に、その人の悩みや問題を解決しようとか一切考えてなくて、ただひたすら相手の方の話を聞いていくうちに、


ある瞬間、自分のなかから勝手に一言何かをその人にポツリと呟く様に言うと、目の前で相談していた人が突然泣きだしたり、ある人はすごい笑顔になったり、またある人は「なんでそんな事がわかるんですか?」と一番欲しかった答えを伝えていたんです。


その時の私はなんでその相談してくれている人にそんな言葉を言ったのかさえ覚えていなくて、


我に返って慌てて目の前の相談してる人に逆に、私今何か変なこと言ったけと訳のわからないけとを相手の方に聞いていたこともありました。


そんな不思議と相談される度にふっと湧きでる言葉を伝えると、いろんな人の悩みや問題が解決していきました。


私のなかに何か分からなか不思議な能力があるようです。



私が小学5年生のとき転校して、イジメにあって不登校になりました。


もう30年以上前の出来事で、クラスメイトからのイジメよりも辛かったのは、学校の先生達が当時毎朝我が家に5~6名の男性の先生ばかりやってきて、私の部屋まで先生達が乗り込んできて私を取り囲み、いきなり、何をやってんだ!
学校にいかない奴はろくな大人にならない!
甘えやがって!  その軟弱な女々しい腐った根性を叩き直してやる!
お前は最低でダメな奴だ!


散々先生達が私を取り囲み大声で罵声を浴びせかけ、怖くなってブルブル震えて怯えて何も言えなくなって黙っていると、

黙ってないで何か言え!


と言ったかと思った次の瞬間に体育の屈強な先生が私の胸ぐらを掴み力一杯バシバシ顔を何度も引っ叩きながら、お前の腐った根性を叩き直してやると言い続けていました。


そのときの「お前は最低だ!」「お前はダメな奴だ!」


生きる価値もない存在感を否定される言葉が、
その後なんと30年も私の中に生き物のように居座り、社会に出て働く様になってから、仕事で何かミスをする度に、「お前はダメな奴だ!」
「だからお前は何も出来ないんだ!」
「ほらだからお前は最低なんだよ!」


と言う私のミスを責めたてる声が私のなかでリフレインされて何度も呟いてくる。


これは私が自分で独り言を呟いているんだと思い込んでいた。


しかし、35歳になったある日、また私がある事て落ち込んでいたら、また、「お前はダメな奴だ!」と例の声が私のなかでリフレインされて何度も呟いていることに気づいた。


あれっ、   なんだよ今の呟いている声は…?


また、呟いている。


呟いている声が出てくる度に、


私は、その呟く声に対して、


出て行け!

うるせい!

失せろ!

と呟いている声の何倍もの音量と言葉をマシンガンの様に呟いている声に畳み掛ける様に言いつけた。


言いつけた結果、


なんと呟いていた声と存在が、だんだん小さくひ弱になって縮んでいった。


私はさらに大声で、出て行け!  失せろ!
うるさい!     


と勢いで呟いている声と存在に畳み掛ける


遂に、その呟いている声と存在が、とうとう私のなかから消え去って居なくなった。


その呟いていた声と存在が居なくなると、あれだけ24時いつも、落ち込んだりミスをしたりする度にワァワァうるさく呟いている声がなくなり、頭のなかや身体から、し~ん と静寂さと穏やかな感覚に包まれ、それ以降は、一切、呟く声や存在はなくなった。


つまり追い出した。


子供のころの不登校で先生達が罵声と暴力を私に向けてきた、その言葉や感情が、私を責めたてていた呟いている声の存在でした。


そのことに気づいたとき私は過去の忌まわしい他人の悪感情や負の言霊から解放され、自分を取り戻しました。


自分を取り戻したら、


で充分価値があるって実感できて、
私は、これがしたい  と自分を主張して
自分が楽しいという感覚に沿って主体的に生きれるようになりました。


誰かの言った言葉や感情に振り回されず、私は私の人生をいきると決めて他人の影響を受けることはない私を自分のなかに育てていくことが大切です。



上手くいかないときは思考であれこれ考えていることが多い。


上手くいく方法を探してスキルや知識を身につけようともがくこともある。


確かに、いろんなセミナーに出てたくさん素晴らしいスキルや知識を得ても日常生活に戻り日々の仕事や人間関係などをとおして、今まで学んで身につけたスキルや知識では解決出来ない問題が新たに起きてくる。


私は、いろんなセミナーに出てたくさんのスキルや知識を身につけてきた。


しかし、問題は次々に起きてくる。


その度にセミナーや偉い人の話やネットなどで解決策を必死にさがすが答えが見つからない。


スキルや知識は対処療法のようなもので、この問題にはこのスキルや知識が使えるが、別の新たに起きてきた問題にはまるで太刀打ちできず愕然とする私がいる。


今まで学んだスキルや知識を総動員しても、それをはるかに超えた想定外のことが起こると無性に無駄な抵抗をしてしまう。


なんとかしないと…


抵抗をすればするほどますます苦しくなるばかり


どうしたらいいんだって抗ってもどうにもならない。


さらに事態は悪化の一途へ…


もうダメだ。


諦めかけて万策尽きたとき、私の思考は完全に停止した。


もう抗って無駄だと諦めかけて開き直っていると

ふっと身体に意識を向けていた。


身体のどの部分に心地よい感じがあるのかを身体のいろんな部分に意識を巡らせていくと、そのときにあなたにあった心地よい感じのする部分がみつかる。


私の場合だと胸のあたりが心地よい感じのときが多い。


その心地よい感覚を味わいながら、その心地よい感じを全身へ広げていくと不思議と心が落ち着く


その心地よい落ち着いた状態でいると身体が緩んでいて、とっても気持ちよくなる。


そのときなぜか身体のなかから予想を超えた凄いアイデアが閃いてくる。


この閃いたアイデアや直感は一瞬にして、どれをどのようにすれば上手くいき問題が解決できるか全て解ってしまう。


思考を超えた身体の能力は人智を超えた凄い力を備えている。

 
頭を使い過ぎたときは身体を動かして身体の声に耳を澄ますといいアイデアやヒントが得られるので試してみてほしい。