私が小学5年生のとき転校して、イジメにあって不登校になりました。
もう30年以上前の出来事で、クラスメイトからのイジメよりも辛かったのは、学校の先生達が当時毎朝我が家に5~6名の男性の先生ばかりやってきて、私の部屋まで先生達が乗り込んできて私を取り囲み、いきなり、何をやってんだ!
学校にいかない奴はろくな大人にならない!
甘えやがって! その軟弱な女々しい腐った根性を叩き直してやる!
お前は最低でダメな奴だ!
散々先生達が私を取り囲み大声で罵声を浴びせかけ、怖くなってブルブル震えて怯えて何も言えなくなって黙っていると、
黙ってないで何か言え!
と言ったかと思った次の瞬間に体育の屈強な先生が私の胸ぐらを掴み力一杯バシバシ顔を何度も引っ叩きながら、お前の腐った根性を叩き直してやると言い続けていました。
そのときの「お前は最低だ!」「お前はダメな奴だ!」
生きる価値もない存在感を否定される言葉が、
その後なんと30年も私の中に生き物のように居座り、社会に出て働く様になってから、仕事で何かミスをする度に、「お前はダメな奴だ!」
「だからお前は何も出来ないんだ!」
「ほらだからお前は最低なんだよ!」
と言う私のミスを責めたてる声が私のなかでリフレインされて何度も呟いてくる。
これは私が自分で独り言を呟いているんだと思い込んでいた。
しかし、35歳になったある日、また私がある事て落ち込んでいたら、また、「お前はダメな奴だ!」と例の声が私のなかでリフレインされて何度も呟いていることに気づいた。
あれっ、 なんだよ今の呟いている声は…?
また、呟いている。
呟いている声が出てくる度に、
私は、その呟く声に対して、
出て行け!
うるせい!
失せろ!
と呟いている声の何倍もの音量と言葉をマシンガンの様に呟いている声に畳み掛ける様に言いつけた。
言いつけた結果、
なんと呟いていた声と存在が、だんだん小さくひ弱になって縮んでいった。
私はさらに大声で、出て行け! 失せろ!
うるさい!
と勢いで呟いている声と存在に畳み掛ける
。
遂に、その呟いている声と存在が、とうとう私のなかから消え去って居なくなった。
その呟いていた声と存在が居なくなると、あれだけ24時いつも、落ち込んだりミスをしたりする度にワァワァうるさく呟いている声がなくなり、頭のなかや身体から、し~ん と静寂さと穏やかな感覚に包まれ、それ以降は、一切、呟く声や存在はなくなった。
つまり追い出した。
子供のころの不登校で先生達が罵声と暴力を私に向けてきた、その言葉や感情が、私を責めたてていた呟いている声の存在でした。
そのことに気づいたとき私は過去の忌まわしい他人の悪感情や負の言霊から解放され、自分を取り戻しました。
自分を取り戻したら、
私はで充分価値があるって実感できて、
私は、これがしたい と自分を主張して
自分が楽しいという感覚に沿って主体的に生きれるようになりました。
誰かの言った言葉や感情に振り回されず、私は私の人生をいきると決めて他人の影響を受けることはない私を自分のなかに育てていくことが大切です。