分かる、理解すると言うのは
感情の一致、意見の一致を見ることではないということ。
自他のあいだの差異を深く
そして微細に思い知らされるのだということを。
~『臨床とことば』 河合隼雄&鷲田精一~
読み終えました。
その昔(25年ほど前 (*^^*) ) 教育実習に行った時
実習の最後にやった授業のことを思い出していました。
国語の「分ける おさえる」
「手で分けるのはこっちとそっちの違いを区別できるとき。
それが分かるということなんだ。」
とそんな文章を読み解く授業でした。
きいてるのか聞いてないのかわからないような中2を相手に
最後に「違いが分かったから 分けられたんだと思う」という言葉を
導き出すことが出来た時に やった~!! 伝わった~!と感激した
思い出の授業でした。
25年経って、また同じ文章にぶち当たって
感銘をうけてる。
進化してるんだか、進化してないんだか・・・
~理解するとは
合意とか 合致といった到達点をめがけるものではなく
分からないままに身をさらしあう 果てしのないプロセス。~