「名は体を表わす」


この新年の座衆の集まりで、わたしが語ったことです。


価値観が多様化するなかで、自分を見失いやすい昨今、

あなたがあなたであるためになすべきコトは、たったヒトツ。


「本来のスガタ・カタチになればよいのです」


つまり、「名にいつわりのないコト」


「名前負けしないように努めるコト」



決して唯名論などを主張しているわけではありません。


あなたはあなたですか?と言いたいだけです。



これは法人についても言えるコトです。


「貴社はホントウに●●社ですか?」



「命名のトキ、生みの親は、あなたにこうなってほしい」

「創業時に、トキの起業家は、こんな会社であってほしい」

と祈願してのコトだったはずですね。



あまりに名に恥ずべき人や法人・組織の多さに怒りをおぼえているので、

新年早々、苦言を呈するコトとなりました。



楽しいコトが、ヒトにとってなぜ正しいのか?

ちょっとご説明します。


仏法のほうでは「生老病死苦」と言い、
キリスト教世界では「原罪」と呼ぶ。

つまり、現世は苦だというんですね。


しかし、現実は苦ばかりではありませんよね。

生老病死苦のなかにあっても、
何かしら、楽しみや喜びを感じていられるから、
ヒトは生きていられるのではないですか?

たぶん、宗教というのは、ヒトが放縦に陥らないために
作られた制御棒なんだと思います。


たしかに生きるための努力は必要なんですが、
誰しも、余計な苦労はしたくないですよね。


余計な苦労っていうのは何か?

それは、自他に課しているタブー(禁制)を守っているコトなんです。

禁制(タブー)ってのは面白くないですよね。
楽しいわけがないんですよ。

自制心のある人間にとっては・・・


言い換えると、自制心のある人間には、タブーは無用の長物ってわけ。


自分にとって楽しいショッピング、楽しいお付き合いができるためには、
禁制(タブー)となっているモノの封印を解く必要があるのです。


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さて、市を楽しむ、座を楽しむために必要な心構えがあります。



わたしは、曲がりなりにも僧侶ですから、ここで、

たった一つ、確実に言えるコトがあります。


それは、日本の伝統芸能や武道には、禅の教えが

連綿と息づいているという事実です。


道元禅師をはじめ、鎌倉仏教の祖師たちが、いかに

仏法をこの日本の風土のなかで伝えたらいいか?

苦闘されたコトはご存知のとおりです。



ちょっと仏教的な行をかじったコトのある方なら

お分かりだと思いますが、インドにおける原始仏教とは

かなり違ったスガタをしています。


儀式においても、その行法においても・・・


「ところ変われば品かわる」と言ってしまえばそれまでですが、

日本人の生活慣習のなかに、仏法の核心を導入できたのですから、

やはり、鎌倉の祖師たちは、とても偉大だったと思います。



仏法の真意を説く書籍だけではなく、実は、道元禅師にも、

親鸞上人にも、和文脈による和歌や伝承がたくさん残されてるんです。


むしろ、このような和書のほうに、祖師たちの本音がうかがえる

気さえいたします。



今日、わたしたちがショッッピングや合コンなどをさほど抵抗なく

楽しんでいられるのも、彼らが日本人に与えてくれた底力が

カカわっているだというコトを忘れてはならないと思うのです。