白雲の兎 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある






 
 小さい頃に仲良くなった兎

 ただしブロンズの

 親戚の家にあった

 活き活きとした兎だと感じていた

 こんな彫刻を作る人はどんな人だろう

 そう考えたのはもう少し大きくなってからだった


 ふと気になって訪れた機会に

 尾の横にある銘を見たら白雲とある

 昔のことを聞いたら

 この家の何代か前の主が本山白雲に依頼した鎌倉大仏像と一緒に

 その白雲自身が持って来たものだという


 本山白雲

 あの高村光雲に見出され東京美術学校彫刻科を

 始まって以来の100点満点の作品で卒業した

 土佐の生まれで貧窮し苦労もしたがその天才ゆえに

 やがて明治の元勲たちの銅像を一手に引き受けて

 土佐出身のミケランジェロと言われた


 土佐

 そうだ

 あの龍馬の土佐出身で

 有名な桂浜の龍馬像の作者なのだ


 多くの元勲の肖像銅像を総なめにして手がけたが

 戦争中の金属供出でその多くの作品が再溶解され

 龍馬像など極めて限られた作品だけが現存する

 多くの像が後に別人によって再現されたという

 白雲は自らの作品が溶解されてしまうという戦争に憤ったのか

 原型を自ら破壊したと伝えられる



 その白雲の二つのブロンズ作品が現存するのを目の当たりにする

 大仏像は年号と白雲謹寫の銘があった

 その眼差しの深さは類を見ないと思う

 
 それにしても何と活き活きした兎だろう

 血の通わぬ合金の兎なのに

 
 貧困に喘ぎ徒歩で上京し彫像の技を極めながら

 多くの作品を戦争によって失わざるを得なかった彫像者の生

 それは単なる時代の変遷を超えたことを

 問いかけていると僕は思う



 白雲は二つの像を依頼主に届けたとき

 ブロンズの兎を懐に抱いて現れ

 「どうか可愛がってやってください」と言い残したと言う


 生き物として観るほどに兎を捉え描いた

 その眼差しの深さと指の動きの匠を思うものだ