「ありがとう」
「あ いえ どうせ起きたとは思うけど」
「そのことじゃないよ」
「はい?」
「ずっと起こさずに眠らせてくれたこと」
「ああ それ」
「ときどき目が覚めてた」
「そうですか でもまた眠った?」
「そう だからありがとう」
「別にいいです 僕もなんとなく」
「なんとなく?」
「なんだかそうしてたかったから」
「ずっと起きてた?」
「ええ」
「そう ねぇ 抱きしめさせてくれる?」
「え 僕をですか?」
「他に誰? 柱に抱きついたってしょうがないし」
「なぜだろう?」
「さあ 理由なんてない あるかもしれないけど
わからないから なんとなく」
「なんとなく?」
「そう」
「じゃいいですよ」
「じゃあ?」
「なんとなくなら」
「こいつ!」
「あ あの ちょっと力 強いな」
「うるさい 黙ってて!」
「はい」
「ありがとう もういいわ
でもなんで?」
「なんでって?」
「嫌じゃなかったのかってこと
一人旅なの 迎えは?」
「居ません」
「淋しいね それで?」
「いえ
いえ わかりません
もう一度抱きしめてくれたらわかるかな」
「いいわよ」
「あ やっぱりだめです
そうじゃないみたい
こんなことでわかるわけないかも」
「こんなって何よ!せっかく抱きしめてるのに」
「あ いやそういうことじゃなくて
あ でもありがとう」
「そう
ねぇ今日のこれからの予定は?
乗り継いで行くひと?」
「そうだけど この先は長くない」
「じゃあね
もうちょっと一緒に居てくれないかな」
「あげません でも居てもいい
ベンチにずっと座ってますか?」
「どういうこと あげません?」
「お願いはもうやめてくれますか
僕も一緒に居たいかもしれない
そう思ってるみたいだから」
「そう わかった
変わってるって言われるだろ? ねぇ」
「いえ
あ いえ ときどきなら」
「変な奴」
「あなたもです」
「ぷー あなた?
もうちょっとマシな言い方ないの」
「名前知らないし
知らないほうがいい気もするし
『おねえさん』って言いにくい感じするから」
「なに? 人をおばちゃん扱いするつもり」
「いえ そんなんじゃなくて」
「私は23よ 君と10歳も違わないでしょ」
「いえ違ってます」
「ええ そうなの? 高校生かと思った」
「まだ」
「そうなのか それなのに」
「なのに?」
「なんか雰囲気が
それに童顔っぽいからもう少し上かなって」
「そうですか」
「じゃあ『お前』って呼べば?」
「はい?」
「そういう名前だって思ってね
私も『あんた』って呼ぶから」
「そうですか じゃあ お前さん」
「『さん』は要らない!
ふざけてるの?」
「少し」
「こいつ ま いいか
名前なんてどうでもいいよ
どうせ一緒に居たって
二三時間なんだし
ベンチに座ってるのもいいかもしれない
列車が着く 人が降りてくる
知っている人はいないだろうけど
私たちがベンチに座ってたら
姉と弟ぐらいにしか思わないだろう
気にする人がいたら驚きってとこ」
「僕は一人っ子ですから」
「そうなの 私も」
「そう」
「そうよ」
「しばらくこのホームに着く予定ないですよ」
「そうなの?」
「知らなかった?」
「知らない どうでもいいし」
「そう」
「そうよ そうだってば
ねぇ ここでこうしてても
なんだか不完全燃焼だからさ
改札出て
朝の公園でも歩きたくなった
走ってもいいし」
「走る?
その格好で?」
「どうせくしゃくしゃだから
くしゃくしゃじゃなくてもかまわないしね」
「いや ちょっと走りにくそうだと思ったから」
「走りにくい? そんなことない
いざとなればこうすればいいし」
「あの それ素敵だけど
ここでやるのやめてください」
「へ 照れてるの?
そういうことじゃないからね
ところで切符は?」
「ここまでだから」
「同じね じゃあ決まり」
「オーケーなんだけど
出る前に聞いていいですか?」
「何?」
「僕を選んだ?すわるとき」
「うん 選んだ」
「そう」
「理由が必要?」
「いえ いりません
選んだってことだけわかれば」
「そう あんたってやっぱり少し変」
「お前もだと思う
選んだりするから」
「そう?」
「そう」
「そうね じゃあ行くか」
「オーケー」
