夜明け前 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある



        柊さんの夜明け前の写真





 陽はまだ昇っていない
 なめらかに静止する田植え前の水面
 何故か「生きた鏡」という言葉を連想する
 鏡はかすかに色づき始める空を映しているけれど
 その面はガラスのようには頑(かたく)なではない
 流動する力のようなものを秘めている

 昇り来る陽のかすかに小豆色の光と
 夜を支配していた闇が
 争うことなく今は揺れあって
 空と水との濡れた暗い藍色を描き始める
 街はまだ眠っている
 野も己の覚醒にまだ気づかない

 愛すべき人たちの遠い眠りに
 沈黙して聞く自らの吐息を送りたいと
 束の間の間だけ願う時間
 すべての人がやがて自らの生を生きていくのを
 明るい金色の朝日が照らし出す前に
 祈るように押し黙って夜明け前を眺める