花咲くを喜びて
喜びてまた悲し花咲くは
名のみのうちの春や往く
開こうとして
開きゆく花の
悲しきは
なにゆえか
時いまだ
時いまだしと思いしを
見事に咲くを
悲しむはなにゆえか
花咲くを喜びて
喜びてまた悲し花咲くは
名のみのうちの春や往く




何かを今か今かと待ちわびていて
それが今まさに実現するというときになって
急に不安になったり悲しく感じたりするのはいったい何故なのだろう
結局すべてのことは「これから」と思い
そのためにエネルギーを使っているとき
何かの「ために」生きているときが素晴らしくエクサイティングなのであって
その「何か」は起きてしまえば
起こるべくして起こることだったかのように変わっていってしまうのだろう
そしてその「何か」が休息に色を失い意味を見いだせなくなることさえある
そうなのだとしたら
その「何か」ではなくて「何かのため」の時間こそが生きるということなのだ