それが春 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある





 まだ暗い部屋の中で

 「今日は少しは暖かいかな」
 「まあまあさ まだ本格的な春とは言えない感じさ」
 「けれどもう水仙は今が最盛期みたいだよ」
 「そうかね? まだ膨らみきらない蕾もあるようだ」
 「梅はもう咲いているよ」
 「ああでも今年はまだ本格的には咲いていない」
 「『本格的』ってばかり言ってるけれど
  じゃあどうなったら本格的に春だと言うんだい」
 「そりゃ決まっているさ ほわほわと風さえ温かくなり
  梅には若い鶯が鳴き そうしてもう桜の蕾が膨らんで
  そして何よりも もうじっとしていられなくなる」
 「そうかあ それが春だよね
  ああ春か いいなあ もうすぐだと思っているときが一番だね
  じゃあ もうひと寝入りしたら本格的に春になるんだね」
 
 そこへもうひとりがやってきて

 「こらこら君たち 何を暢気なことを言っているのさ
  地面だってもう冬の冷たさはなくなったし
  土の中の氷の欠片ももう解けた
  小川の流れる音だってどこかことことと笑うようだよ
  そりゃあまだ桜は咲かず他の花だって
  寒さが好きな奴らが咲いているだけかもしれないが
  でも外を覗いたらそんなことを言っていられなくなる
  光がもう冬じゃないんだよ」
 
 「へえ そんなかい それじゃあちょっと外に出て
  空気でも吸ってこようかな」
 「ええ まだいいじゃないか まだ眠いんだ」

 「こらこら
  そんなことを言っていたら時間がどんどん経っていく
  青春は短いぞ 春が来れば夏が来て
  あっという間に秋の声
  今出かけなくてどうするね」
 
 「そうだよそうだよ 出かけてみようよ
  もしかしたらすぐそこの道の角で
  春さんに出会うかもしれないよ
  そしたらきっと『やあ君たち おそろいでお出かけだね』って
  言うに違いない」
 「でもさあ まだ本格的じゃない気がするんだが」
 「まあ それはそうかもしれないが
  なんだか身体が落ち着かなくなってきた
  きっと身体は僕たちより早く春が近づくのに気づいたのさ」
 「ううん そうかな どうしようかな」

 「ったく君たちと来たら いつまでああだこうだと
  言っているのだろうな
  春はね 本格的になったらもう春じゃないんだよ
  春はいつまでも本格的にはならない
  そういう季節だと言われてただろ
  まだ若い まだ青い そういう季節が春なのだ
  だから本格的になるのを待っているなんて
  素晴らしき『春の未完成』を知らない奴らのすることだ
  梅少しでも綻(ほころ)べば春なのだ
  もう立派に君たちの季節さ  
  さあ行き給え
  草の茎に葉に滲んでは広がる春を味わいに」

 そう言われた若い虫たちが
 今日は少し躊躇いながら顔を出し
 光の明るさに目を奪われて四方八方走り出す

 だからまだ少し寒くても
 もう春なのだ
 「まだかな まだかな」の季節
 それが春