雨の向こう | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある





 


 雨の降る昼下がり
 どんより曇った鉛の空がそこにあるのかどうかも
 わからない

 遠い時間の先を夢見て
 遠い時間の昔を遠い目で見やるように思い出す
 これは誰の目か

 記憶の彼方
 雨粒の降下する幾千幾億の垂線の向こう側に
 もはや覚えてもいない出来事の雨に濡れた匂いがする

 僕は誰だったか
 小島の磯の流木と小さな貝が出会って生まれた
 波の音だったのか

 何をしていたか
 誰かを恋したか愛したか
 誰かを憎んだか怒ったか

 遠い時間の彼方の潮の満ち干は既に感情の色香を失い
 灰色の海となって
 藻屑のように砂粒のように
 
 今僕が死ぬようなことがあったなら
 僕はきっとあの
 色を失わないときの海に戻るのだろう

 雨は心の遠い夢
 見る間も見た後でも柔らかく色を失って
 どこか時間の果てのほうへと流れていく

 雨は心の遠い明日
 余りにも確かな不確かさに色を失って
 どこか時間の果てのほうへと流れていく