2月23日雑感 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある

  
 今日2月23日は
 中島みゆきの誕生日
 日本の男と女の生き方の涙を憤りを力を歌でつかみとって40年

 Blackberry Q10 というPDAの味の残ったスマートフォンのおかげで聞いた
 FM放送の向こうから若いときの彼女の歌が流れてくる
 ジョッキーは彼女を「みゆき」と呼ぶ つのだ☆ひろ
 彼の般若心経は大笑いしながら打たれてしまう歌だが
 どこかで通奏するものがあるだろうか

 個人的なことを言えば彼女の歌で救われて
 生きているのだという覚えがあって彼女の歌を聴く

 あのケタタマシイ喋りの人であることは
 彼女の歌を微塵も損なわないと思う
 あのケタタマシイ喋りの声が
 彼女の歌声に混じってこそ
 激情がカタルシスに至るのだとさえ思うくらいだ

 いろんな色を持ったソング・ライターだと思う
 マカロニ・ウエスタンの荒野が浮かぶかと思えば
 革命歌の大合唱のように歌いあげられるときもある
 田舎から出てきた都会に迷う姿もあれば
 倒れても倒れても起き上がることを願う声も上げる

 穏やかな愛では決してないけれど
 でも言うほどに野良猫ではない繊細な
 切れそうに張りつめた絹糸のような思いを歌い語るひと

 打ちひしがれたくせに弱音だと言いながら弱音を吐く
 押し黙ってしまったわけではない
 歌が残っていたから生きていられる
 そんな気にいつもさせられた歌手

 僕は彼女の歌詞集を大切な詩集として本棚に置いている
 なまなかなことで書ける言葉ではない
 それは恨めしげな恋から人の生にまで広がってしまう
 そして歌にはいつも何しらの移動つまりは旅がつきまとう
 それは表面には出ないノスタルジーを歌に秘める

 その詩の言葉は必ずしもすぐには曲を思い起こさせないのに
 彼女が歌うと言葉は曲と一つだと感じるのは
 あの引き切れそうなケモノの声のせいだろうか
 それともケタタマシイ喋りが泣き笑いを連想させるせいか

 幾千幾百の褒め言葉が在るだろう
 でも僕の褒め言葉はありがとうの一つだけ
 死ぬまで歌い続けてくださいと
 僕も死ぬまで聞いているだろうと思うから





 
             今日は写真も絵もどきも音楽もなしに