ある愛の詩(うた) | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 ある寒い冬の遅い午後のことだった

 一羽のアオサギが冷気で曇りがちな水面近くを飛んでいた

 「ふんふんふん♪ 寒くなんかないさ」







 「ふんふんふん♪ しかし今日は風に乗るのが難しいなあ

  これで雪でも降ろうものならたまらないかもしれないな」


 




 「こういうときは 彼女のもとで
  しばし幸せなひとときもいいかもしれないと
  思ったりして ははは
  浮島の草むらにいるかな 僕のカワイコちゃん♪」







 「やあ
  どうだい
  え そんなに小躍りするほど
  嬉しいとはありがたい」







 「え
  というか
  あれ 
  飛びすぎじゃあ?」

 なんだか来たばかりの鷺が空気の中で滑ったような音がする
 ズルッ






 「え? おい
  どうした?
  何処へいくんだよ」

 ズルッの後に水に落っこちたような
 バシャンという音
 までが聞こえてきそうな光景になり





 両手(もろて)を上げて呼びかける

 「おい!
  おいってば
  そんなに羽を伸ばして
  こら おいっ」







 「おいったら」

 その呼びかけも虚しく

 何が悲しゅうて

 どんどん距離が開いていくようでありまして






 もはや呼ぶ声も虚しく
 ぽつんと取り残された雄を尻目に






 「ははは 私は自由よ
  待つ女なんかにはならないの
  それに
  あいつは自分と似すぎてつまらない」






 「ふんふんふん♪
  池は広くて大きいわ
  なんで一所にじっとしてなきゃいけないの~
  ってね」






 「ほらほら
  あそこにちょっとイカシタ奴がいる♪」






 「ほら
  来たわよ 私
  待ってたかしら?」
 「ん?
  君だれだっけ?」







 てなことになり
 この愛の物語の顛末はどのようになるのやら

 微妙な距離が埋まらない・・・






 しかしこういう
 異種(?)間カップル(?)が水辺には多い気がする

  ほらここにも






 ここにも・・・・




 みんな自分にはないものを求めて恋をするわけじゃあるまいが


 で
 そこで一句(?)

 似て非なるものを似非(えせ)と呼ぶ言い習わしも恋の羽には何がしか意味


 ほんにこの世は謎ばかり

 松尾芭蕉ならぬ 「待つをバシャン」 の顛末
 一説には「取り替えヤバ物語」とも称す
 一巻の終わりぃ~






               これもまた「夕鷺」の日の出来事の一部なのでありました