
アルキメデス Archimedes は謎の多い人物だと言う
と言ってもスパイだったとか秘密にしていたことが多いというのではない
あの時代の人の個人的な情報は散逸して当たり前でもある
アルキメデスには謎が多いと思う一つの理由は
彼の功績が余りにも巨大で多岐にわたっていて
しかもいずれもが余りにも有名だからなのかもしれない
業績の有名さに比べると確かに個人についてはわからないことが多いと
彼の死後1世紀以上も後になって彼の故郷であり母国であった
シチリアのシラクサに占領者側のローマの財務官として着任していた
あの哲学者キケロが彼の墓を発見したという伝承があり
その墓は球とその直径を底面の直径と高さとする円柱とを象っていた
それは彼が自分の業績として自ら高く評価していた発見
つまりこの球と円柱の体積も表面積も2:3の比になっているという
単純だが美しい発見だ
特に体積も表面積も同じ比になるところが面白いと僕は思う
この球と円柱のデザインは
かの有名な数学賞のメダルのデザインにもなっている
アルキメデスは数学者であり物理学者であり
驚くべき兵器を創りだした技術者でもあった
敵の戦艦を吊り上げ転覆させる巨大なフックを作ったかと思えば
陸に大きな鏡を放物線上に配置して太陽光を
その焦点に集め敵船を炎上させたという話も残っている
それだけではない
例えばアルキメデス・スクリューと言われる
巨大なネジを筒の中に入れて回し水を汲み上げる装置は
今もなお日本でも灌漑やその他の目的で使われている
紀元前の発明品がほぼそのままの形で今も使われているわけだ
今でもということを言えば
正方形をいくつかの多角形に切り分けたパズルも
彼の数少ない著作(現在にまで残っているものが極めて少ない)の中に見いだされる
こういう点では彼は明らかに発明家であり技術者であるのだが
例えばアルキメデス螺旋とも言われる一番単純な螺旋を定義している


あるいは円に内・外接する正多角形の角数を次第に増やして
内外の差を減少させ円に近づけるというやり方で
円の面積の計算手法だけでなく円周率πの値を細かく推定する方法を考案し
いわばそこに積分や無限小という数学的装置の大きな芽を生み出した
その手法にはいつもいわゆる無限でない級数と「何かと何かが接する」という
なかなかにスリリングで美しい方法が共通していると僕は常々感じている
「球と円柱」もそうならアルキメデス螺旋の簡単な描き方も
この「何かと何かが接する場所」という要素を持っている
アルキメデス螺旋は円柱に糸を巻きそれを次第に解くというやり方で描けるのだ
しかし多くの人がアルキメデスを知っているのは
「押しのけた水の分だけ軽くなる」というような形で
浮力というものを理論化した人物としてなのだろう
事実関係はこんなことだったらしい
アルキメデスがシラクサの王に依頼されたのは
(アルキメデスは王の親族だったという説もあるらしい)
神殿に奉納すべく金細工職人に作らせた王冠の金の純度を鑑定することだった
王は職人にある量の金塊を与えて王冠を作らせたのだが
その職人が価値の低い(かつ比重の低い)銀で金の量を「水増し」して
銀の分だけ金を着服したという噂が立っていたからだ
出来上がった王冠は与えられた金塊と同じ重さにはなっていたので
重さからは純度が分からない
彫金された複雑な構造の王冠では体積は簡単には測定できない
この問題を考え続けていたアルキメデスはある日
風呂に入っていて問題の解決策につながることに気づく
自分が押しのけた湯の量に見合う形で自分が軽くなる
それは浮力の発見だったことになる
天秤の魔術師という異名を奉られたアルキメデスであれば
このことから王冠の比重を推定する方法まではすぐだったのだろう

まず王冠と同じ重さの金塊を用意し
王冠と金塊を天秤の両端に吊るせば重量が同じだから釣り合う
しかしこれを水につければ
押しのけた水の量だけ(体積分だけ)浮力が働いて
体積の多い(つまり比重の小さい)ほうがよい大きく押し上げられる
風呂の中で浮力に気づいたアルキメデスは
喜びのあまり裸のまま外に飛び出し
「わかったぞ Eureka」と叫んで走り回ったという有名なエピソード
ユリーカはその後「発見!」の代名詞になり雑誌の名前にもなっている
実はこの浮力もアルキメデスの多くの発明発見に共通する
「何かと何かが接する場所」そのものなのだ
何しろ水が自分の身体に接するところで
水が彼の身体を「押す(圧す)」ことが浮力を構成するのだと考えたのだ
科学者や技術者
いやそれだけではないだろう詩人や小説家あるいは哲学者たちにも
いやおそらくは作曲家や画家彫刻家といった人たちにも
こういう「その人固有と言いたくなる発想の原点」を
見つけることができると僕は思うのだ
ローマと戦っていたシラクサは
アルキメデスの発明もあえなくやがてローマに占領される
ローマの将軍は
アルキメデスの天才ぶりを知って彼を保護しようとするのだが
結局その命令は兵たちには徹底しなかったのか
アルキメデスは占領に際して兵士に殺されてしまうことになる
諸説あるのだが有名なのは兵士が来たとき
アルキメデスは円を含む幾何学図形を描いて何事か考えていた
兵士が将軍のところに連行するように言われているとアルキメデスに言うと
アルキメデスは「今考えているところだから行けない」と答えたとか
その結果この兵士は不服従な科学者をその場で殺してしまった
その真偽はわからないけれど
このときアルキメデスが言った言葉は Eurika のように後世に伝えられている
「私の円を踏むな Noli turbare circulos meos 」
もっともこれはラテン語でアルキメデスが言ったとしたら
ギリシャ語で μή μου τούς κύκλους τάραττε でなければならなかったはずだが
彼を殺してしまったローマ兵はギリシャ語を理解したとも思えない
同じ Noli~でも
復活したキリストが言った Noli me tangere とはずいぶんと事情が違うなと思う
仮にアルキメデスがこのようなことを言ったのだとしても
それはきっと覚悟の上の言葉だったに違いない
ローマ軍を手こずらせた兵器発案者をローマは放おってはおくまいと
彼が考えたかどうかはわからないけれど
少なくともアルキメデスは自分の描いた円の傍での死を望んだのだろうとは思う
円に接して何かを測りながら死ぬ
それはある意味幸せな死だったのではないだろうか
そうそう一つ書き忘れてた
僕もけっこうそうなのかもと思うのだけれど
風呂に入っているときって
頭が弛緩するのか何なのかわからないけど
けっこういいアイデアとかが浮かぶのさ
アルキメデスは
きっと人類の歴史の中でそのことを最初に立証した
偉大な人でもあるわけだ


