崖の上の秋 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある

 
 

 外はもう秋の陽が広がり始めていた

 店から出て少し行ったところで海岸通りに出ると

 遠浅の浜は遠くまで広がって陽光をはね返し

 夏が去った後の独特な

 無表情さを取り戻していた



 五台もの車が車列を組んで走っていた

 あのひとは自分の車を誰かに任せ

 屈強なGの運転する車の助手席に座っていた

 僕たちはその後部座席から

 他にどうしようもなく海を眺めていた



 Aさんと未踏は脳外科医と一緒にすぐ後ろの車に乗っていた

 後部座席から振り返ると助手席にいる外科医の姿が見える

 その後ろは見えなかった



 僕たちの前に黒塗りの大きなセダンが走って行き

 未踏たちの車の後ろにあのひとの車が走り

 もうそれは誰が運転しているのか僕たちに関係のないことで

 さらにその後ろをもう一台の黒いセダン



 まるで大統領か誰かの移動のようだなと僕は思う

 そうでないなら葬列のようだと

 いつも思うのだが今日のような明るい秋の日に限って

 葬列が火葬場に向かって走って行ったりするものだ

 ならばこれはダフネの葬列

 僕たちの世界から消え去ったダフネの


 
 けれど僕の隣にはもうひとりのダフネが座っていた

 同じ顔をしているのに

 ダフネとこうも違う印象を受けるのは何故なのだろう

 未踏が「この子はダフネのように聞いてはくれない」と

 そう言ったのはどうしてだったのか


 
 もう一人のダフネも手持ち無沙汰な様子で

 他にすることもないのか海を眺めている



 道路にはまだそれほど多くの車は走っていなかった

 まだ通勤にもその他の移動にも時間が早すぎたのだろう

 時折すれ違う車も無表情に過ぎていき

 こちらが車列を成していることになど関心を示すことはなかった



 ただ意味もなく時間が流れているような気がした

 でもそれは気のせいだ

 この車列はもしかしたらまた何処からか狙われている

 僕は苛立ちとも諦めともつかない気持ちになっていた

 状況がどういう理由で進んでいるのか

 ほとんど何も分からないまま次々と出来事が起きる



 しかしそれは今に始まったことではない

 僕があのひとの崖の上の家をダフネとともに訪れる遥か前から

 いや僕がダフネに出会うよりもMや未踏に出会うよりも

 ずっと以前からそうだったのではないか

 人生なんてそうやって

 しかと何故だかなんて分からないまま過ぎていくのだ



 車列は崖の上の家を目指して走った

 途中で岬のセンターに行く道に折れなかったところをみると

 脳外科医も一緒に崖の上の家まで行くのだろう

 

 鴎が昇り降りする塔のように群れているのが見えた

 ダフネ2が「すごい」とか何かそんなことを言った


 
 やがて車列は急勾配の道を昇り始め

 穏やかな秋日の中をエンジンを唸らせることもなく登る

 ダフネ2は窓ガラスにくっつくようにして

 崖下に広がる入江を眺めていた



 あそこではお前の分身と僕たちは長い時間を過ごしたのだ

 なぜお前はそこにいてダフネは消えたのか

 そう言いたくなってダフネ2の横顔を見て僕は黙る

 この子に何の責任があるというのだろう

 いやむしろ

 この子はまるでダフネの身代わりになって危険に晒される

 そのためにこうしてここにいるのではないのか

 僕はダフネ2に対して自分がとった態度を後悔し始めていた



 崖の上の家の張り出した長い屋根が見えてくる頃には

 崖の上の道の周囲の芒も

 他の木々も美しく色づき始めているのに気がついた



 僕たちは何日かこの家には帰っていなかったのだ

 僕はこの家で生まれたわけでも育ったわけでもない

 この家は僕の家族の家でもなかった

 それなのに

 車列が坂を登りきり堂々とした家の姿がはっきりと目前になったとき

 僕はわけのわからない

 郷愁のような

 そのくせ他所の国を旅しているときの朝のような

 胸苦しい感情に圧倒されていた



 

 僕たちが車から降りると

 秋風がひとしきり吹き何処からか微かに浜ではない磯の匂いがした



 あのひとの車が駐車場に入れられると

 黒塗りの車は皆何処かに散り

 屈強なGを先頭に

 あのひとと外科医

 それからダフネ2と僕

 Aさんと未踏の七人が玄関に向かって歩き出す



 静かな秋の光が妙に穏やかに崖の上の家を包んでいた