幸せな時には
人は本を読まないのではないかと前に書いた
もしかすると同じように
幸せな時には人は書くこともしないのではないか
ブログを書く人たちが
不幸だとか孤独だ言ってるわけではない
幸せとか不幸せとか書きはじめてしまうと
そうなってしまいそうになるけれど
なんと言おうか
満たされきっていない何かがあるから
読んだり書いたりするのではないかと言い換えよう
渇望が人をして書かせしむ
それは孤独であるから誰かに読んでもらいたい
という場合もあるかもしれないが
それとは異なった理由もあっていいと思うのだ
何事かをつかまずにはいられない
はっきりさせておきたい
何かの答をみつけたい
そういうことも渇望だろうと思う
人はそうやって書いて そして 考える
書きながらではなく書くというよりも
書くことそのものが考えることになる
満たされていると考えがまとまらなくなる
頭まで幸せでのんびりしてしまうからかもしれない
幸せ過ぎないために
適当な距離を売ってくれる距離屋さんがやっぱり必要なのだ