幻影の白い馬 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 柔らかく波打っていた腹にそっと手を触れる
 一瞬ぴくりとしたが
 怖いのか
 けれど応えずに
 すぐに静かな息遣いに戻った

 素晴らしい足を引き締めている尻はもっと
 弾力があった
 撫でてやる
 息は荒れない
 静かに僕の手を受け容れている

 足には触らない
 それはお前の領分だ
 跳ね上がるときには羽のようにしなり
 力を解放する
 うっかりくすぐりでもしたら
 僕が空に舞うことになる

 伸び上がって背に手を伸ばす
 なんという美しい背骨だろう
 お前を征服してお前に乗り
 快楽にのたうち回らせてやりたい
 おびただしく広い野の隅々まで
 止まることなく一気に頂きまで

 少し筋だった均整のとれた首
 風のたてがみ
 お前の瞳に映る世界の色と形と
 流れゆく原野の地平を
 僕はお前の瞳を覗き込んで手に入れる
 激しい息だ
 その激しさがあればこそ
 お前とお前の世界は美しい

 そう何度望んだことか

 でも僕はよく知っている
 お前は僕を
 いや誰一人お前の上には乗せはしない
 雷(いかずち)のようにいなないて
 傍若無人に首を振って戦いさえする
 走りたければ私に続けとお前は言うのだろう

 総じてお前は激しさと静けさの生き物だ
 人のように適当な折り合いというものがない
 静かなときは何ひとつ世界の何ひとつも動かさずに
 お前は旅している
 まるで時などお前の世界には関係がないようだ
 遠くからお前に気づいて
 僕が手を挙げれば目のいいお前はすぐに気づいて
 首を少しだけ揺らして遠くから僕に挨拶する

 でも距離は保たれる
 青い湖のそちらとこちらで
 同じ方角に向かって歩き続けても
 ずっとお前の美しい身体を眺めつづけているのに
 二つの軌跡は永久に交わらない
 そう思うほどの静けさだ

 せめてその大きな目の
 耀く瞳に映る世界を見たいと望んでも
 お前の見る世界はお前だけのものだ
 それをもし僕が覗き込めば
 僕は耐えられずその場で狂って死ぬだろう
 それを知っているのかお前は僕を許さない

 かって一度だけ誤ってお前が僕を許したとき
 大きな黒い真珠のような瞳を少しのあいだだけ覗き込み
 僕は見てはならないものを見た
 それゆえに今もお前は僕を拒まないのだが
 
 お前の瞳に見たものは
 遠景に小さく際立ったお前の姿
 そのお前の遠い瞳を覗き込むと
 更にもう一頭のお前が
 緑なす林の道を行くお前が見えて
 それは果てしもない再帰の鏡
 人が生きてはいけない瞳の中の無限の谷

 そうして僕は知ったのだ
 お前はお前の鏡に
 お前自らの瞳の鏡に閉じ込められた者なのだと
 澄明な静かな水のほとりにて
 時の営みの遠い彼方にて
 ただひとときを生きつづける者なのだと




   

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