春が駈けていく | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 春のひかりが歩いていった

 街の通りの曲がり角
 まだ薄着には早いカフェテラス
 細かい花のプランター
 少し苦めの珈琲の
 薫りの満ちるカップの縁で小躍りし
 ステンドグラスで作った鯉幟
 道の花壇に立て掛けた
 空色の自転車にも乗ってみて

 悪戯心に誘われた
 少年たちの髪の天使の輪
 女の子たちの服の乳房のあいだを通りぬけ
 それから私の胸のうち
 花屋の店のパステルカラーの花たちの
 咽せ返るような甘さと青くささ
 みんなぱらぱらとまぜこぜにして

 素知らぬ顔で
 小さな小賢しい鳥になり
 大人ぶった水の面を横切って
 冷たい飛沫に燦めいて
 公園の池の噴水からかいながら
 まだ遠い五月の風を呼ぶ役を
 じれったそうにリハーサルする

 ここだよ
 ここさ
 今なのさ

 そう笑って言いながら
 春の小人が駈け出していく
 しだいにしだいにスピードを上げ

 小さなお臀を振りながら
 明るい声を振り撒いて
 どこか遠くの
 遥か彼方の時間の方へ
 どこか遠くの
 明日(あした)の方へ







                        ただなんとなく エチュードだからというわけではないけれど