「散歩に行こう」と言ったのに
ダフネはまだ僕から離れようとしなかった
しょうがないので僕はそのままダフネを抱き上げて
リビングまで運んで行った
その間ダフネは僕の首に両腕を回して
僕の目を覗き込んでいた
最近ダフネは相手の目を見る時間が長くなった
それでも何か機械的な理由でもあるかのように
さっと目を逸らす
逸らしてからまた戻ってくる
家の中に入るとダフネを下ろし
そのまま僕は二階に駆け上がる
まだ上半身裸のままだったから
Tシャツでも着ようと
空気が快かったのでそのままでいたかったのだが
その恰好で散歩にもいけない
一階に戻るとダフネは
背筋を伸ばしてソファに座っていた
「行くよ」と僕はそのまま玄関に行き靴を履き始める
やってきてそれを見たダフネが何を思ったか
二階へ走って行った
静かな日だった
相変わらず世界から目立った音がすべて無くなったように
戻ってきたダフネはウクレレを抱いていた
自分も靴を履こうと思っているらしいのだが
楽器を離そうとしないので
僕はダフネの冷たい足を靴に押し込んだ
楽器を持ってきてもしょうがないのにと思ったけれど
置いていけばいいとは言わない
崖の上の家は海に面しているが
浜辺に降りるのとは逆の径を辿って少し下り
道から右に逸れた小径を二十分も歩くと
崖を回り込んだ高台に林があることを僕は知っていた
行ったことはない
けれど海風にしなった形の雑木が並んでいるのは
家の窓からも見ることができた
歩くあいだ僕は何も考えなかった
ダフネはウクレレを大事そうに抱きしめてついてくる
そういう姿を見ていると
ふとダフネはこのままどこか旅行にでもいくつもりなのだろうかと思う
道を一歩一歩確かめるように歩いている
出てきたばかりの家に後ろ髪引かれてでもいるかのように
林は歩いて十分もすると途切れ
そこをまた右に折れる小径があった
上り坂になっているのでたぶん林を巻いて
林を斜めに見下ろせる丘に続いているはずだ
ところどころ急勾配になっていたけれど
ダフネは相変わらず楽器をしっかり抱いたまま登ってくる
ほんの七八分登ると視界が開け
崖の上の家なら二軒ほど立てられそうな平地に出た
さっきの林の木々のてっぺんがちょうど立っている僕らの目の高さにあった
木々の向こうに空が見えたが海の方向を見やっても
海は見えない
海とは反対側にはまだ雑木の茂った稜線が続いていて
そのはるか向こうに家らしいものが見えたが
近くに家はない
こうして見ると崖の上の家は孤立した位置に建っているのだ
ベンチよりも大きな石が二つ三つ
まるで「座席は用意してありますよ」とでも誰かが言いそうな形で
並んでいる
ダフネはそれを見つけるとすぐに
一番木々がよく見える石の上に腰かけた
それは少しばかり不思議な光景だった
丘から視界に広がる景色を眺めたいのなら
反対を向かなくてはいけない
でもダフネは林の木の方に向いて座った
日の光はそちらから射していた
僕がダフネの隣に並んで座ると
ダフネは急に楽器を僕に差し出して「ミュジコ」と言った
暇を見つけて
「暇」というのはダフネが楽器を抱いていず
そして僕にもすることがないときのことだが
そういうわずかの時間
僕はチューナーなしで調弦してみていた
交互に音を合わせて調弦するほど
僕は弦楽器に馴染みがあるわけではなかったが
それ以外に方法がなかった
合わせてもまたダフネが抱いて歩くと弦は緩んだ
でも真新しい糸ではなかったから
そんなに伸びて音が狂ったわけでもない
僕は中学生の頃だったかギターを弾きたくて
オヤジがそれを察したのか
あるいは母と言い合わせでもしたか
誰かから古い中古ギターを貰い受けてきた
でも僕はスチール弦にすぐ指が痛んで長くは続けられず
結局投げ出したことがある
でもその時に弾けるようになった簡単な曲を
指が生半可に覚えていた
調弦しながら思い出して弾きかけ
ウクレレは弦が4本だったことにあらためて気づき
また投げ出すのだろうなと思ったりしていた
でもどういう偶然か
この奇妙なウクレレに似た既製品の楽器がないかネットを眺めていて
その思い出の曲をウクレレ・アレンジした楽譜を見つけたのだ
リュートを弾く少年がアレンジしたものだったから
僕が覚えていたほとんどメロディだけのものより
どこかしら清楚な豊かさがあり
僕はそれを弾いてみたくなって
こっそりと実に小さな音で鳴らしてみた
あのひとが早々に自分の部屋に引き上げ
Mとダフネが風呂にはいっているようなときに
誰もそのことを僕に聞きたださなかったので
気がつかれずにすんだと思っていたのだが
ダフネはそれに気づいていたのかもしれない
「ええ ダメだよ また今度」
僕がそう言ってもダフネは聞かず
「ミュジコ」と繰り返す
しかたなく僕は譜面を思い出しながらその小品 A Toye を弾いた
決して巧くは弾けない
つっかかりやり直しながら
それでも音が帰ってきた
ルネッサンスかバロックかそんな時代の
いや16世紀とか書いてあったのでバロックの
やわらかな優しい曲だった
それでも曲に合わせて踊りだせそうな
単純な暖かなリズム
ダフネは僕の方を見ずにじっと前を向いたまま聞いていた
ときどき両腕を揺らし
ときには膝を交互に上げ踊る仕草をしたが
立って踊りだしはしなかった
僕はそういうダフネを隣に感じながら
何度もその短い曲を弾いた
いったい何回同じ曲を下手な奏者は弾いただろうか
聴いているダフネの微かな動きも
何度となく同じように繰り返された
僕が弾くのを止めたとき
ダフネは身じろぎもせずに林の木を眺めていた
木はいつも美しい
僕も木に慰められ励まされてきたと思う
音が止み静かになり
目には木々
隣にはダフネがいた
僕は楽器を手にしたままダフネに返すこともなく
視野の中で木々はじっとして
風もほとんどなくなっていた
ここにいるのは誰なのだろう
木を見ている僕はまだ僕のままなのか
木を見ているダフネはまだダフネでいるのだろうか
木の存在感がくっきりとなり
木を見ているのが誰であろうと
木々がそこにあって時を渡り続けていた
枝と葉
幹
そうではない
木だ
枝と葉と幹に分けることのできない
木がそこにはあった
僕らが木を目で眺めているということは
木は僕らから隔たった空間に佇んでいるということなのだが
不思議なことに距離は失われ
まるで隔てる距離が裏返されて
僕らは木の中にいて木を見ている
そんな感覚にとらわれた
僕らは木だった
木を眺めていながら
そして時間が流れていく中で
僕は隣のダフネと一緒に
木になっていた
いや
そうではない
僕らは木を外から眺めていたのだから
僕らは
ダフネも僕も人間のまま
ダフネと僕のままだったのだが
隔てる距離が感じられなかったのだ
木と僕を
ダフネと僕を
隔てている距離が