海をゆく者へ | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 背鰭を並べて海をゆく者へ

 お前たちはヒトよりもすばしこく

 ヒトにも比肩できるような大きさの脳を持っている

 けれど その脳の神経細胞密度はヒトほどではなく

 神経細胞を支持し保つだろうグリア細胞が

 大きな脳のかなりの部分を占めると言う

 それは お前たちが海をゆく者たちだから

 酸素薄い深き静寂の水底へ

 脳の代謝を極限まで低下させて

 沈みゆくために

 そんな脳を必要としたのだ


 ジャック・マイヨールの遠い血筋よ

 その特殊な脳を揺らめかし

 光の届かぬ世界まで

 あるいは現世の果てる海の縁まで

 お前たちは背鰭を並べ

 尾鰭を打ち揺らして泳ぎゆく


 お前たちの思考はヒトを軽々と超える

 なぜならその希薄な脳ゆえに

 思考は脳から漏れ出でて

 大いなる海に広がっていくからだ

 海全体で思考する者よ

 お前たちは海とつながって

 それゆえにお前たちも「ひとつ」

 海という巨大な思考の波を持ちながら

 尊大な素振り一つ見せることなく

 なんと軽やかに海を滑っていくのだろう


 ブラフマンたる海に梵我一如となり

 水底の風となりゆく者たちよ

 海こそはお前たちの愛

 脳をも身をも海に与えて

 振り返らずにゆく者よ

 海はお前たちの意識

 深々と

 世界を汲み尽くす