海の上のキャロル | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 眩しい陽射しに目を細めて
 泳ぎつづけるダフネを見ていたとき
 突然に僕は奇妙な幻想にとらわれる

 時間が急速に経過して
 僕はあの人よりも老い
 一人で崖の上の家に住んでいる
 なぜかMはバレの学校の校長になり
 白い髪になったものの相変わらず背筋を伸ばして生きていて
 目の不自由な子どもたちに踊りを教えている
 僕とMは結婚したわけではないらしく
 それぞれの場所に住み
 それほどお互いに連絡を取り合うわけでもない

 あのひとはもう疾うに死に
 その下でかって働いたことがあると言う
 クルーザーのオーナーもいない

 ダフネは?
 ダフネは国に帰ったのか
 それとも意外にも早死にしたのか
 いずれにせよこの辺にはもういない

 それなのに海は相変わらずの姿で
 浜辺の防潮堤の痕跡らしい石垣もまだ今と変わらない
 日本は度重なる経済危機と政治の退廃から
 革命が起きて社会主義国家になっている

 ある日
 見ず知らずの青年が
 ダフネそっくりの自閉症児を連れて
 崖の上の家に転がり込んでくる
 老い先の短く親戚もいない僕は
 若い二人に心惹かれ
 彼らを家に住まわせる

 しかしある夏の日に
 ダフネそっくりの少女は大好きな海で溺れて
 浜に打ち上げられる
 死にかけている少女を抱き起こすと
 少女は僕の顔をしげしげと眺め
 「ずっと昔私はあなたを知っていたのに」と言いながら
 事切れる

 青年は少女の死に半狂乱になって
 崖から身を投げる

 

 それからまた何百年もの時が流れて
 南極と北極の氷はすべて融け
 かって日本だった島は半分以上が水没している

 ダフネは
 ダフネはその海をなおも泳ぎつづけていると
 地球共同体のスポークスマンが
 火星から来た観光客に熱心に説明している

 クリスマス・イヴの夜半
 三人の亡霊たちが海上に浮かび上がって
 ダフネを讃えるキャロルを歌う
 
 「ダフネのように汝の隣人を愛せよ」と