朝焼けのグノシェンヌ | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 夜のまだ明けないうちに
 どこか遙か彼方からピアノの音が聞こえてくるような気がして
 僕は目を覚ます
 一晩中僕の腕の中で眠っていたダフネの耳は
 もうとっくにその音を聞いていた
 うすぼんやりと開けた目の前に
 ダフネの青みがかった灰色の瞳があった
 Mはベッドにいなかった

 ピアノは一階から聞こえていたのだ
 海の底に沈んだピアノが潮に揺られて鳴るのではない
 どちらかと言えば闊達な
 お転婆娘みたいなMの両腕が
 鳴らしているのだ
 それがなぜだか水底から
 深い海の水を伝わり波間にまで昇ってくる

 あれはグノシェンヌの3番
 「先見の明をもって…窪みを生じるように…」
 そう風変わりな作曲家のサティが楽譜に書き残していたという
 どこが先見の明なのか僕にはわからない

 ただその呟きのようでいて
 ときに流れ出す音は
 水底の岩を巡って迷い流れる潮のように
 遠い回想を経て
 湧き上がってくる水泡のようだ
 水流と泡が海草を揺らしながら
 緩やかな螺旋模様を描いて水面に浮かび来る
 光の微かにしか届かない世界から
 まぶしく目を射る海の光のなかへ浮き上がる
 どこか東洋の深い神秘の宗教の
 迷いなき祈りにも似た
 増二度の旋律の
 果てしもない繰り返し

 「ひどくまごついて…頭を開いて」と
 サティは続けて書いていたのだという
 光を見ながら驚きと戸惑いに包まれて
 
 この曲ほど感情の業火を深々と鎮めながら
 その沈静の奥底からまた
 熱を秘めた海底の湧水がゆらゆらと
 絶え間なく昇ってくる曲はないと思う

 それは闇夜の底から
 やがて燃え上がる陽の予兆が広がるようだ
 それが来れば
 もう誰もそれを止められないほどの
 確実さをもって

 窓の外が白み始める頃に僕は起き上がり
 昇ってくる音の泡とは反対に
 下へと降り下る
 細い光が天窓から射し込んで
 まるで水底のように見える部屋で
 Mがピアノを弾いていた
 髪を束ねることもせず
 まだパジャマのままで

 Mが僕に気づく前に「やめないで」と僕は言う
 こんな曲を弾くことがあるのかと思いながら
 Mの横顔を眺めて僕は立っている
 Mは弾くのを止めず
 3番の終わりが来ると一番目のグノシェンヌをはさんで
 また3番を繰り返す
 1番に添えられた注意書きは確か
 「自分を信じて 舌の赴くままに」だったろうか

 ダフネがリビングの入り口に現れて
 ピアノを弾きつづけるMの方を向いたまま
 凍りついたように立ち尽くす
 Mは弾くのを止めない
 海の旋律

 ダフネが降りてきてから三度繰り返された3番の
 静かな終わりとほぼ同時に
 ダフネが「M」とMを呼ぶ
 ダフネの頬には涙が幾筋も流れ落ちていた
 「M」
 もう一度ダフネは言いながら
 座っているMの傍まで踊るように歩み
 Mの肩を両腕で抱いた
 Mは手を鍵盤から離して見上げ
 「ダフネ」と答える

 このふたリの間にある感情は
 僕が二人に寄せる感情とは大きく異なって
 そして遥かに激しいものになるのではないかと僕は思う
 ダフネの細い指がMの顔に少しかかった髪を押し分け
 その中程にあったMの額に口づける

 朝の光が部屋のなかに広がってきて
 影の部分がいっそう黒く見え
 僕は雨戸を開けて庭に出てみる
 フェンスの向こう
 小さな湾の南東の入り口近く
 濃い紅の絵の具をオレンジ色の空に流したように
 朝焼けしていた

 ターナーの水際の絵のようだと僕は思う
 あの画家は色彩と色の密度を
 二次元のキャンバスの上に何度も広げては捨て去って
 そこに遠い奥行きが現れるのを待ち
 その霧のような奥行きにディテールを描いていった
 色彩と密度の作り出す奥行き
 ターナーは目前の
 そして時には記憶の中に鮮やかな光景を
 色の懐の中に投光する
 それは二次元のキャンバスの上に
 投影された三次元の幻燈

 それを繰り返し確かめるように描いて残された
 一連の習作は a colour beginningと名づけられていたと思う
 始まりであり始まりのままに完成していく
 色の空間
 
 Mとダフネがやってきて朝焼けを
 ひとひの色彩の始まりを見る