「私も一緒に入ってこよう」とM
そう言って風呂に降りて行った
ダフネと一緒に?
僕は止めなかった
ダフネはMに懐いているようにさえ見えた
それにダフネがパニックを起こしても
それはそのときだと思う
それも必要なことかもしれないし
今日のMはダフネにちゃんと対処してくれている
Mが降りて行き暫くすると
風呂の方から甲高い声が聞こえてきた
笑い声だった
最初は誰の声かわからなかった
ダフネの声は少しハスキーなところがあった
Mはそうでもない
どちらの声でもないような気がしたが
Mだろうと思う
女同士だとこんなものなのか
ダフネにしても抵抗もなく
すっかりMに馴染んでいる
もっと早くこうすればよかったのかと思う
でもMが帰ってきたのはまだ昨日
いや一昨日のことだ
いくら早く思いついたとしても
どうにもならなかったのだから
そんな過去についての仮定は虚しい
僕はベッドにひっくり返る
物事が予想よりも先に
どんどんと進んでしまうような気がする
この部屋の三つのベッド
僕たち親子がここに来たときに泊めてもらった部屋
ダフネが使っているのが僕のベッド
僕が今転がっているのがオヤジのベッドだった
そしてMが
そんなことを考えていると
すごい勢いで
階段を駆け上がってくる足音がした
僕は跳ね起きる
ダフネが部屋に飛び込んできた
パジャマのズボンだけはいて
上半身はまだ濡れたままなのか
白い肌が暗闇で光った
そのままベッドに跳び込んで布団の中へ
すぐにMが入ってきて部屋の灯りを点けた
ちゃんとパジャマを着て
でも長い髪の毛は濡れたままなのか
パジャマが濡れていた
少し息が荒い
階段を駆け上がったくらいで息が切れるMじゃない
「もう 何なの この子」
「どうかした?」と僕は平静を装って聞く
「ダフネったら何か欲求不満なの?
私のおっぱい揉みくちゃにするんだから
最後には」
そこまで言ってMは止め
「まったくもう」と言いながら
額に張り付いていた髪を払いのける
顔が赤い
バーボン煽って風呂に入ったせいだろうか
Mらしくもないなと思う
でもMは怒っているようには見えない
あのひきつったような笑い声はそれか
「別に欲求不満じゃないと思うけど
心が分からない分だけ身体に関心があるというか
身体に関わってくることが多いんだよ」と
そう言ってから後悔する
「心が分からない」は言い過ぎだった
でも打てば響くようなMといつの間にか比べていた
「どういうこと?」とM
「いや だからね その話は明日にでもと」
「話って?」
「その ダフネはちょっと普通の子じゃないわけで」
「そんなこと分かるわよ」とM
「だいたい ひとのおっぱいで遊ばなくってもいいじゃない
自分だって可愛いおっぱいしてるんだし」
「あのねぇ」と僕
「その『おっぱい おっぱい』って大きな声で言うの
やめてくれないかな」
「あのねぇ 女におっぱいあるのは当たり前
大きかろうと小さかろうと 何がいけないって言うのよ」
こうなるともうほとんど酔って下ネタ連発のM
なかなか止められない
「もう」の連発が一段落するとMはベッドに腰を下ろして
肩にひっかけていたタオルで髪をぐるっと巻くと
「ふーっ」と大きく息を吐き
膝に頬杖ついて息を整える
「ほんと 変な子」
それが文句の最後だった
「私にどうしろって?」とM
「それはだね
この家にはダフネ以外に女性はいない
もう長いこと女なんか見向きもしなかった老人と
勝手に老人みたいな心境になってる僕と
いずれにしても男だけで
わからないことがあると思うんだよね
ダフネも女の子なんだから
毎日なんて言わない
一日おき
いや週に一回でもいいから此処に来て
僕たちが気づいていないこととか
見てやってくれないかな」
会ってから数時間経ってやっと言いたいことを言った
MがNoならあのひとの姪に頼めばいいし
「分かったわ」と溜め息混じりにMが言う
「言いたいことはわかった」と
「勝手な願いかもしれないと思うんだけど」と僕
ダフネの方を見ながら
「いいわよ」とMが言うのを僕はじっと聴く
「Kがダフネのお父さん役をしたいなら
母親になってもいい
私はKの奥さんじゃないけどね」
どう言おうかと思っているとMが言う
「やっぱりお姉さんにしとく
歳は十二だってあんなに大きな子
産んだ覚えないものね」
そう言って頭のタオルを解いて髪に触ってみる
「やっぱり髪乾かしてくる」と立ち上がりながら
「お風呂は?」と聞く
「髪乾かしたいんだろ」と僕が聞き返す
「じゃ入ってよ その間に乾かす」とM
ドライヤの音を聞きながら
黙って僕は湯船に浸かる
「ねぇKちゃん」と外からM
「何?」
「あの子 ダフネ とても可愛い
女の私が言うのも変だけどゾクッとする
なんていうか
動物みたいな感じ」
「そう? そうかもね 動物か」と僕
『動物みたい』それはあのひとの言葉で言えば獣
やっぱりそう感じさせる何かがあるんだなと
「Kもよ でもKは狼になれない狼男よね」
僕はそれには答えなかった
「狼になれって言ってるわけじゃないから
じゃ先に部屋に戻ってるから」とMは言って
静かに出て行った
どこかで汽笛がなるような音がした
部屋に戻るとMはもう眠っていた
その腕の下にダフネ
さっきの恰好のまま
温かい夜だった
僕はダフネのベッドからタオル地の上掛けシーツをとって
Mとダフネにかけてやる
『動物か』と喉の奥で僕は言う
これはいい出発なんだろうかと考える
朝方気がつくと
Mもダフネも部屋に居なかった
時計は5時少し過ぎ
一階かなと思って階段まで行って耳を澄ますが気配がない
部屋に戻って窓を開けて驚いた
辛うじて庭木の枝が少し見えるほどの霧
遠くは全く見えない
さっきのは霧笛だったのか
その霧の中を歩く人影が見えたような気がした