水底のダフネ | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 時計が1時を打った
 この時計は長い間ずっとそこにあった
 ウェストミンスターの大時計の音を模したものだと聞いたことがある
 ダフネがバスルームに消えたのを見てから
 あのひとが二階に上がって行き
 静かになった部屋の奥底から聞こえる時の鐘
 春の夜は更けていくという感覚がない

 出て行ったはずのダフネがまた
 リビングの入り口に立っているのが見える
 音もなく戻って来たダフネは
 何も着ていなかった
 風呂に入ろうとして何かが欠けていると思ったのにちがいない
 
 明るい部屋の中で見るダフネの裸の姿を
 僕は美しいと思う
 刻み上がったばかりのギリシャ時代の彫像のように
 これから時の荒海を渡ることになるのに
 石切場から切り出されたときのままの静けさを
 保ちつづける硬い大理石が
 光を受けて透き通る
 ダフネの身体には血が通い息もしているはずなのに
 それがときどき分からなくなる

 ダフネが僕の前まで来て僕の胸を二本の指で突いた
 それは僕が必要だという意味ではないだろう
 ダフネは折々自分に起こった出来事を
 まるで写真のように記憶して
 その写真をなぞるように生きていると思う
 写真の一部が欠けることを決して許さない
 そのくせ次に何かもっと彼女の印象に焼き付く出来事が起きれば
 あれほど固執した写真の映像は
 いとも簡単に忘れ去られてしまう

 僕はまたさっきと同じように
 ダフネの肩をつかんで向きを変え
 ミルクを硬く固めたように尖った肩甲骨に掌をあてがって
 「わかったよ」と言う
 意味は違うかもしれないが
 「一緒に」いてやればいいのだと
 帰ったままの恰好で僕は風呂場のタイルの上に座る
 ダフネはバス・タブに入りかけ
 振り返って僕の頭の上からまた僕の胸を突く
 仕方なく僕はシャツを脱いで上半身裸になる
 それでいいというような顔をしてダフネがバス・タブに沈む
 湯があふれて僕のズボンは川遊びの川で転んでしまったときのように
 濡れていく

 光の届かない海の底に沈むなら
 そこで生きていくには目は要らなくなり
 深海魚たちは光を忘れてしまうだろう
 彼らは視覚以外の感覚を研ぎ澄まし
 水底(みなそこ)の隆起や名もない貝や
 うねる潮それから何処からともなくやってくる他の生き物たちを
 素早く感じとる
 その感覚の手が物の形を手探りし
 巻き貝の渦状の殻をなぞり
 渦の境目の色づいた凹みを目を使わずに見るのだろう

 僕たちは言葉で生きているから
 例えば不思議な形をした深海魚を言葉で言い表そうとして
 とてつもない困難にぶち当たる
 反対に日々の暮らしの中では言葉が僕たちを道案内し
 「そこの本をとってくれる?」と誰かに聞けば
 その誰かは迷いもせずに本を手にとる
 実に簡単に
 何の行き違いもなく

 けれどダフネには「そこ」ということがわからないし
 指で指し示して「そこ」と言おうとしても通じない
 言葉は何の力も発揮せず
 そよ風よりも頼りなく流れて消える
 それはまるで光の届かぬ深海に
 目ですべてを見てきた者が迷い込んだようなものだ
 ならば慣れ親しんだ言葉をすべて捨てて
 言葉の届かぬ世界の魚の一匹になろう
 そう思って
 僕のズボンを濡らして流れる湯の温かさから
 湯の流れる道筋を感じ取ろうとする

 ふとダフネの方から何かが僕に近づく気がして
 ダフネを見た
 ダフネは湯船の中から僕に視線を向けている
 見据えられた目は揺れることなく
 ここ二三日気づくことが多くなった
 この視線は何を見ているのだろうかと僕は思う
 僕を
 僕の目を
 それとも僕の映像
 僕の遥か彼方に息づく僕とは違う誰かを
 あるいはただ壁や木を
 それをダフネから聞き出すことは誰にもできない

 僕はバス・タブの縁に両腕を置いて
 間近にダフネを見る
 海に解け出してしまいそうな白い大理石の両足
 恥じらいもなく湯の中で揺れている若い乳房
 青みがかった灰色の深い井戸のような瞳
 かすかに金色をまぶしたように見えるブルネット
 ダフネの顔も身体も今夜は
 満ちたりたような穏やかさに包まれていた
 ほんとうに微かで淡い気配だったが

 僕はダフネのために何かができるのだろうか
 できるなら何でもしようと思う
 とても不思議なことだった
 それほど熱い思いを持ちながら
 それが恋のように
 ときには荒々しく
 ときにはどうしようもなく胸苦しくなる恋のように
 感じられないということが

 まるで
 ダフネという人魚がいつまでも永久に
 歴史の遥か彼方に生まれた
 古代の彫像のように
 光の届かぬ水底にいて輝いているのを
 見ているような感覚だった
 僕が海で
 ダフネをその水底に沈めているのなら
 海の僕にはダフネを見ることはできないだろう
 僕が海でないなら
 僕はその水底に届くことはない
 どちらにしても
 目前のダフネは遠い形象

 かって誰ひとり行き着いたことのない
 そしてこれからも行き着くことのない
 水底のダフネの瞳が
 小舟から身を乗り出して深淵をのぞきこんでいる僕に
 ふっと笑ったように見え

 地中海の碧い海原に浮かべた帆船の上で
 誰か僕のために
 やわらかいリュートの弦を鳴らしてくれないだろうかと
 僕は願った