反芻する言葉 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 崖の上の家に戻る道にトラックはもういなかった
 舗装が傷んだ道はところどころ雨で泥濘んでいた
 それに足をとられて行きなずんだのだろうか

 家に戻ったのはもうすぐ日が替わる時刻だった
 一階の窓にはまだ明かりが点いていた
 入るとあのひとがいつもの場所で本を読んでいた
 僕が1メートル四方ほどの包みを持っているのを見て
 「それは?」と聞く
 「部屋から持ってきたんですよ」と包みを解いて見せると
 「オフィーリア」とあの人は座り直して言った
 「そういう趣味があったのかね
  君らしいといえば君らしいか
  部屋に帰ってきたということは
  ここに住むと決めたということかね」
 「いえ まだ決めていません
  それより これ しばらく一階に置いておいていいですか」と僕は尋ねる
 ダフネと僕の部屋にこの絵を置くのはしばらく後にしたかった
 いや部屋もそのうち別にしなければと思う

 眠そうな目をしたダフネが入ってきて
 そのままテーブルの椅子にぺたんと座る
 「ダフネのパスポートと関係書類一式が届いているよ
  君が持っているかね」と
 テーブルの上のしっかりしたファイルを指差した
 「いえ 僕は見なくていいです
  お預けしておきたいのだけどいいですか」と僕は聞き返す
 ダフネについて何か意味あることが分かるわけでもないだろう
 仮りに分かるような情報が含まれていたとしても
 僕には何の関係もないことだと思いたかった
 いまここにいるこのダフネだけが僕のダフネだと

 「そうか」とあのひとは言って読みさしの本を閉じる
 「ダフネに何か食べさせたらどうかね」
 そう言えばダフネも僕も夕食をとっていなかった
 「簡単なものなら作ってある」と言われて
 キッチンに行き温めもせずにスープを2人分持って戻る
 ダフネはすぐにそれに飛びついた
 空腹だったのだ

 「それによるとダフネはこの間コム・ゴギャンに行った日に
  十二歳になっている」
 とファイルを指しながらあの人が言う
 「それと君たちの部屋に洋服ダンスを一つ
  届けてもらった
  どこかでエンストしたとかでちょっと前に届いたので
  納戸に入れてもらってある
  ダフネが大丈夫そうになったら
  二人で運ぶとしよう」と用意周到なあのひとが言う
 もしかしたらあのトラックが と思うが聞かなかった
 直接運び込ませなかったのは
 ダフネが環境が変わることを嫌がるのを知ってのことだろう
 そんな日がくるのだろうかと僕は少し戸惑う
 
 「食べ終わったら風呂に入れて寝かせます」と僕が言うと
 「それはもう少し早く考えるべきことだろうな
  明日も通うつもりなら」と
 少し咎めるような調子であのひとが言う
 「君が入れるのか?」
 そう聞かれて僕は答えが遅れたのを感じる
 「あ いえ」
 ファントモと言い続けた夜のことをこのひとには話していなかった
 というか
 ここ数日僕は誰かに自分のしていることや考えたことを
 ほとんど伝えようとする気を失っていた
 いろいろな出来事が素早く進んでいくので
 人に話す余裕もなく
 ただただ必死に動き回っていたのだと思う

 ダフネにはシンボルというか指し示すだけでは
 うまく通じないことがある
 「風呂」と言葉で言ってもまだわかったりわからなかったりする
 指で指し示しても指したものではなくて
 指を見ていることがある
 最初は風呂まで連れていって湯をはったバス・タブを見せた
 それはすぐに理解した
 踊ることがそうなのかもしれないが
 ダフネがすべきことはダフネがそれをするような動作で示すと
 つまりダフネの「これからすること」を「真似して見せる」と
 通じる場合が多いことが分かってきた
 そういう場合でも
 ダフネはまず「これからすること」を自分でもリハーサルして
 本番の実行に移る
 幾重にも「言葉」か動作が
 音響効果のエコーのように反芻される不思議な生活
 しかもそのエコーは
 ある音の後に尾を引いて鳴り続けるエコーではなく
 ある音がする前に何重にも重なって音を準備するエコーだった

 でも僕はいつも最初にまず言葉で日本語で言ってみて
 それからこのジェスチャーを試みる
 今は身体を洗う動作をしてみたが通じたのかどうか
 ダフネは座ったままだったので
 仕方なくダフネの胸の真ん中を二本指で押し
 それから僕の胸にも同じようにして
 またダフネの胸を押してみた
 ダフネはこくりと頷いてリハーサルなしに
 部屋を出て行った
 「今のが『風呂』なのかね?」とあのひとが聞く
 あのひとにはこれが何を意味する動作なのかわからないだろう
 「いえ そう決まっているわけじゃなく
  いろいろやってみて探しているってところですね」
 と僕は答える
 こういうことが増えれば楽になると僕は思う
 でもいろいろなことについて
 そういう印象的な動作が決まっているわけではないから
 ほんとうにこれは「いろいろやってみて」だった

 そういう試行錯誤をしながら僕は言葉の働きの
 すさまじさをひしひしと感じるのだ

 ダフネが下着姿で戻ってきて
 僕の胸を指で押し自分の胸を押す動作をし始めた
 「君と一緒に入りたいということらしいね」とあのひとが笑って言う
 僕は首を横に振りダフネの肩をつかんでくるりと向きを変え
 ダフネの肩甲骨をそっと押す
 ダフネは二三秒のあいだ俯いて動かなかったが
 やがて何かに気づいたように
 部屋を出て行った

 動作だけではそのまま言葉を置き換えられないことが
 日々の至る所にあることを僕も急速に学びつつある
 ダフネのような子に出会わなければ
 きっと死ぬまで一度も気づかない
 人生の
 いや
 言葉の秘密なのかもしれないと僕は思った