色の不思議を想う夜だった
色とは何だろう
光がなければ色はない
物の色さえその物に
七色を内包する光が当たり
限られたスペクトルの光だけを跳ね返し
それを僕たちの目がとらえているだけだ
花びらを透かして見れば
その色は花びらのフィルターが許した光の色
色素があってそれが色なのだと
考えるひともいるだろう
けれど色素が色であるのは
また色素が光と出会い別れる
出会う時と別れる時の隔たりが色なのだ
ことによると人の色気というものも
似たようなものなのかもしれない
空の青さは青い色素が空にあるからではないことを
ほとんどの人が知っている
海の碧さは空を映しているのだと言う人もあるけれど
海の中で潜水夫たちが見る海の色は
またしても海の組成と
光の交わりの結果なのだ
海が通ることを許す色と許さない色が
海の色を決めるのだと言うこともできる
昨夕の桜の花びらの色
わずかな庭園灯と月明かりが
空中に映し出す幻燈
白と見えるのに花の一点に目を止めれば
やはりそこに紅が漂っている
その紅に負けたのか
ダフネの桜色のワン・ピースは白く見えたが
その服を着たダフネは花の色に染められて
ピンクに上気していた
花がやがて散り根元の黒い土を覆い
時には時雨の傘にかかって
それから夢のように消え去るだろう
ただその色の
名残がダフネの上気した肌に残るような気がした
人の肌の色も
色として不思議だと思う
日本人が肌色という言葉を使うと
それは薄いベージュにほんのり赤みがさした色あいだが
広い世界では白だったり黒だったり黄色だったりするだけだ
花びらのように光が透けて見えそうなダフネの肌の
桜写しは彼女の血の色なのだろうか
それとも
桜が彼女に触れて
彼女が桜に触れ返す交わりの証しか
帰り際
店主がダフネに「せっかくのおいでの思い出にいかがですか」と
十数センチの桜の小枝を差し出した
それは遠来の外国人の少女の短い日本滞在の思い出に
という意味で言っているように聞こえた
「いえね 私は枝を折ったりはしないのですが
素材を運んで来た冷凍車のおっちょこちょいが
車を切り返す時に桜をいじめたもので
そんなものだが桜は桜
よろしければいかがです」と
ダフネは店主の言葉がわからなかったが
自分に差し出されている枝が自分に向けられたのであるとは理解した
ただ
一度ダフネは受け取ってから枝を店主の手に戻そうとしたので
店主は要らないと言われたと思ったのか少し眉をひそめた
でもそれはダフネの儀式の一つだったのだ
「まあそうおっしゃらずどうぞ」そう店主が言い終わらないうちに
枝はダフネの手にしっかりと握られていた
部屋に戻ったダフネは桜に話しかけつづけるように
両手を天井の照明にかざし
一方の手にその枝を握って左右に揺れていた
その揺れはきっと花の雲を表わしていたのだろう
やがてダフネは服を脱ぎ
真新しい下着のままベッドに入った
ダフネの叔母はパジャマまでは用意しなかったのだ
ダフネは両手で枝をつかんで胸の上に置き
花に染められた顔は次第に白さをとりもどしていった
ダフネにとってあの枝は
何という名前の枝になるのだろうと僕は考え
今更ながらにファントモは幽霊だけではなくて
幻の意味もあることを思い出す
ダフネがそんな意味で
ファントモと言ったのではないことは明らかだが
夜桜が幻であったとしても
誰ひとり異を唱える者はいないだろう
美しさで人を眩惑するものは幻でもかまわないと思う
それが人というものの生き方なのかもしれなかった
ましてや花は束の間在って消えていく
色もまた光の幻燈かもしれない
そしてまた花の色のダフネも
だとしたらダフネをこの部屋の僕のすぐそばに
僕の時間の中に
桜色に映し出したものは何だったのだろう