僕の中のダフネ | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 踊るダフネは小さな竜巻のようだった
 ターンが物凄い速さになって
 まるで風が自分で自分を振り回しているようだ

 叔父夫婦はもうダフネを褒めるのをやめて
 黙って見ているだけになる
 ときどき翼のように持ち上げる両腕が
 空気を切る音が聞こえてきそうなほどになって
 とうとうダフネはバランスを失ったのか
 ばたりと芝生に倒れて
 そのまま大の字になって空を見上げている

 家の主が客たちに二言三言話しかけ
 四人は家の中へ戻って行った
 「君たちはもうしばらく春を楽しんでいるといい」
 
 海風が伸び始めた芝を揺らし
 ダフネの髪を撫でて行く
 昨日から聞こえる鳥の声が
 少し下の海へと降りる小径の方で飛び回る

 ダフネが動かないので
 僕はそばに腰を下ろした
 陽射しが風の中で少しずつ僕たちを温める
 季節はいつもこんな風に
 今か今かと待つときには足取りのろく
 もう少し先になるのだと思うと
 突然にそこに居る

 空を見ているダフネに僕は
 昨夜の激しい感情に震えていたダフネを重ねてみる
 確かに僕はこの子に惹かれていると思う
 けれどそれは恋とか焦がれるとかいうことからはほど遠く
 僕が失ってきたものをダフネが持ちつづけているような
 胸苦しくなるような懐かしさだった

 僕の腕をつかんで離さなかった夜
 ダフネはタオルの中で起き上がり
 モーゼの爪痕を一本一本しなやかな指でなぞった
 それは僕の傷を痛々しいと感じたというより
 モーゼを懐かしんでいるように見えた
 そうして急に部屋の中を見回して
 僕の手を離し仰向けに転がって
 天井を見ていた
 さっきまでの情熱的な訴えとは全く違う
 凍りつくような表情で

 なぜ僕はこんな野獣のようなダフネに惹かれるのか
 それから僕は急に
 モーゼに抱きついて寝ていたダフネのそばで
 あの人が言った言葉を思い出す
 「君はけもののように見えることがある」
 そう言ったのだ
 まるで僕がダフネをそう見ているように

 見た目には美しい瞳と愛らしい顔
 伸びやかな育ち盛りの身体つき
 美しいと言っても誰も笑うことはない
 けれど
 ダフネはとても正常な少女とは言えなかった

 にもかかわらず僕はダフネに
 奇妙な愛情を抱き始めている
 愛情?
 それもそうかどうか僕にはわからなかった
 ただ・・・

 ダフネがくるりと転がって
 僕の顔を見上げる
 昨日の昼から
 (いやあれは僕の白昼夢)
 少なくとも夕飯のときから僕と目が合うのを
 嫌がらなくなったような気がする
 嫌がらないどころか
 むしろ僕の目を必死に覗き込むときがある
 覗き込むのだが
 僕の目をとらえ損なったみたいに
 目をそらし
 ふっと悲しげな表情が横顔に浮かんできたりする

 ダフネの奇妙な行動が日に日に強調されていき
 ダフネの混乱はひどくなってきているとしか考えられないのに
 何かが
 人間らしい
 あるいは少女らしい何かが
 春に芽吹く枝や葉のように
 凍てついた冬の土の中から伸び上がってきているのだという
 感覚が僕にはあった
 それは直観がかろうじて見つけた微かな印ではなく
 昔からずっと僕の中にあったかのように
 確信めいたものだった
 まるで昔から僕がダフネを知っていて
 いや僕の中にダフネが住んでいて
 僕とずっと一緒だったような感覚

 懐かしいだけでなく
 今このときにも
 僕の胸の中で
 僕の命に触れている何か